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それでも幸せだったよ




今日が、最後の金曜日の昼休み。
結局今日も彼とは必要最低限しか口はきいていない。
そのせいで、胸は苦しくなっていくばかり。

「ちょっと」

無理矢理頭を動かすため休憩室でクラツキーを食べていると、声をかけられた。その聞き慣れた声はいつもより心配の色を含んでいた。

「大丈夫なの?幽霊みたいな顔してるけど」

「大丈夫です。それより沖田課長、月曜の資料の件なのですが…」

「大丈夫じゃないでしょ?」

途中で言葉は遮られた。
そういえば地獄のようだった一週間、うちの部署で彼だけは態度を変えないでいてくれたっけ。そのおかげか、最近は同じ部署でも特に仲のいい子達はまた話しかけて来てくれるようになった。

「大丈夫です。」

彼を見てキッパリと言い切れば、総司は呆れたようにため息をついた。

「本当、君って強情だよね」

「そんなことないです。」

「でもさ」

再び彼の声に真剣さが宿る。

「そんなボロボロになるまで無理しないでよ」

悲しそうに彼が笑った。
確かに中学、高校、大学と沢山友達が沢山いた中で一番の親友は彼だった。中学時代、両親が亡くなってしまった総司をよく家に招いてご飯を食べて、ゲームをして、寂しさを二人必死に紛らわそうとした。私が陸上部だった高校時代の最後の大会、アンカーを走ったリレー。あと0.1秒の僅差で都大会出場を逃して、立ち上がれなくなるまで泣いた。その時、興味ないとか言いつつ総司は応援に来てくれて、しかも泣き止まない私を不器用な言葉で精一杯慰めてくれた。
私が大学受験に成功したのも彼が勉強をみてくれたおかげだった。
大学時代、逆に彼の彼女が浮気した時は私が彼を抱きしめてあげた。

そんな支えられて、支えてきた総司は私の変化にいつも敏感だった。
今回のことだって、私が話すまで待っていてくれようとしたんだと思う。
だけど、彼から切り出したってことは私、相当ひどい顔しているんだ。

「大丈夫」

ちょっと笑って言った。

「もう、決着がつくから」

じわり、と視界が滲んだ。

「終わったら…また、聞いてくれる、かな?」

今話せば泣いてしまう。それどころか途中で過呼吸にでもなって倒れてしまう。
吐き出すことすらできないほど、追い詰められてるじゃん、なんて頭の中で嘲笑う自分がいた。

「うん、分かった」

悪友は、優しく、悲しそうに笑った。

「無理、しないでね」

「うん」

いつだって優しくしてくれる総司。そんな彼に報告するためにも決着をつけねばならない。

電源を落としていたiPhoneを取り出して、メールをうつ。


「何時頃に待ち合わせますか?」

明日で、約束の一ヶ月。
だからあなたのことを刻みつけて…
そうしたら、私はきっと貴方を覚えていられる。

これで、終わりにできるはずなの。

なのに、どうして打つ手が震えるの?
覚悟を決めたはずなのに、やっぱり傷つくのは怖いなんて笑えない。


送信完了しました

その文字は無機質に要件を私に伝えた。

返事は案外すぐ返ってきた。
今夜八時半。
それが私と彼の最後のデートの待ち合わせ時間。








それでも幸せだったよ

貴方の、彼女でいられたから。


「 っ、あっ…」

下腹部に感じる熱が、熱くて、愛しくて…
襲いくる快感はまた私を高みへ引っ張り上げようとする。

「ああっ」

縋りたくて、彼に向かって手を伸ばした。すると、意外にも彼は優しく、強く私の手を握ってくれた。

「あっ、ひじ…かた、さんっ」

快感に歪んだ彼の顔は恐ろしいほど色っぽくて、私などには勿体無いほど美しかった。

「夏紀」

やめて、そんな声で名前を呼ばないで…
勘違い、してしまうから…


生理的なものか、悲しみからくるものなのか、はたまた嬉しいのか、涙が一つ、零れた気がした。




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