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呼吸が浅くなる。
バクバクと脈打つ心臓とは反対に、さっきまで楽しかった気分は一瞬で地に落ちた。


彼とは私の目の前で私の手を引く、土方歳三のことである。彼とは職場の上司と部下の関係。それだけ。
それこそ源氏物語の主人公、光源氏のような彼に振り向かない女性はいない。仕事の打ち合わせでカフェに入れば、女性客はおろか女性店員まで溜息をつき何とかして接点を持てないかと機会を伺っている。そして彼女たちは邪魔者の私に鋭い視線を向けるのだ。その視線は痛いし、そこまで有能でもないから取引先を一緒に回るのすら遠慮したいのだが、そうは行かない。一度何故連れて行くのかと聞いたら、女避けだと面倒臭そうに返された覚えがある。私でいいのだろうか?いや、部下だから丁度いいという訳か。ついでに言えば、仕事できない分カバーしてやってるんだからその分返せって意味も含まれていたのかもしれない。けれど、私が彼に惚れるのに2年とは十分すぎる時間だった。

取引先との食事会で、彼が女性社員に囲まれるのは何時ものこと。そういう時は隙を見て彼から離れて私は1人でチビチビとお酒を飲むか、他の女性社員達と楽しくもない会話をしながら酒を交わすかどちらかだ。その後はいつも1人で飲み直す。辛くて、悲しくなるからだ。

今日は会社での部署の飲み会。取引先から二人一緒に電車で会社まで戻って合流した。帰宅ラッシュの電車の中想い人の彼が後ろにずっと立って、まるで私を守ってくれているようだった。かなり自惚れもいいところだがそれだけで、私の心臓はパニック状態だった。けれど、待ち合わせ場所に着けば彼はすぐに他の女性社員の中心へ。いきなり遠くなった距離に悲しくなり、絶望した。そして、自分自身に苛立ちが募った。


「かんぱーい!!」

運ばれてきたビールを他の人のジョッキと合わせた。カツン、と小気味良い音が響いた。

普段なら女子の中で目立たずそれなりに会話をしてそれなりに酒を飲む私だが、今日はかなり不思議な状況に陥っていた。なぜか待ち合わせ場所で話しかけられた同期の藤堂さんに、名前はこっちな(そもそも話したのは本当に久しぶりで、名前呼びされるような関係では断じてなかった)と言われ座ったところ、男性社員に囲まれた。まるで、ホストよろしく容貌の整った男性社員たち。会社でイケメンと評判の五人組。

「へえ!!名前って俺と同期なのか!!」

「入社した時から土方さんの下か。羨ましい限りだな。」

「はじめくん、そう思うのは君だけだよ。誰があんな鬼上司の下を喜ぶのさ?」

「む、土方さんは素晴らしい方だ。」

「はいはい、もういいよ。てか、左之さんそれ、名前ちゃんが頼んだジントニックだよ?」

「お、ああ悪い。俺のはこっちか。」

「それにしても土方さんはこんな美人な部下を一人占めしてんのか?部長になったらこんな可愛い部下もらえんのか?」

私を誘った同期の藤堂さん、一つ上らしい沖田さんと斎藤さん、課長の原田さんと永倉さん。彼らはおなじ剣道場に通っていたためか、仲が良い。土方さんもどうやら同じ剣道場に通っていたらしく、彼らはプライベートでも土方さんと付き合いがあるとか。

「永倉さん、お世辞はいいです。というか、私普段取り繕ってるだけで結構ガサツですよ?それから沖田さんは後でケーキでも奢ってくださいね?いっつも貴方が土方さんにする嫌がらせ、手直ししてるの私なんですから」

「ええー。あれ君が直してるの?」

「こら、総司。土方さんを困らせるな」

高校の時から男子とばかりつるんでいたためか、最初こそ私のこれからの人生どうしてくれるのだと思ったものの仲良くなるのに時間はかからなかった。

「じゃあお前彼氏は?」

「やだなー、原田さん、私にいるように見えます?」

「いや、だいぶ意外だぞ?それにしてもよく飲むなあ、お前。」

最初にビールで乾杯してからもう三杯目のジントニックは空になりかけていた。

「もともとお酒は強いんですよ。すいませーん、おねーさん、梅酒ロックソーダ割りでー」

普通女の子はあまり好まないビールや日本酒の方が私は好きだ。とはいえ、甘いカクテルやサワーだって大好きだ。殆どジュースと変わりないけれど…

「見ろ!!この筋肉を!!」

「いーや、付き具合でいったら俺の方がいいはずだな」

「そうそう、新八っつぁんのはただあるだけってかんじー。」

「なんだと!!やろうってのか、平助!!」

「え、原田さん腹筋凄い!!触らせてもらってもいいですか?」

ただ、それなりに酔いは回っていたのかもしれない。いや、昔男女混合の陸上部にいた名残の筋肉フェチが炸裂した結果かもしれない。よせ、やりすぎだ、という斎藤さんの制止も聞かず私が綺麗に6つに割れた原田さんの腹筋に手を伸ばしたその時だった。


ガッターンと盛大な音がして椅子が倒れた。驚いてそっちを向けば、物凄い形相の私の上司がこっちに向かってズンズン歩いてくる。え、と思った時には遅く鞄をひったくられ、右手を掴まれ店の外に連れ出されていた。

そして冒頭に戻る。

どういうこと?
私みたいな人間にはあの人たちとも仲良くして欲しくないとでも言うの?
私の事、なんで取引先に連れまわすの?
部下なら他にもいるでしょう?
なんでよ。いい加減にしてよ。

そんな言葉は飲み込まれた。
意気地なしの私にそんなこと言えるわけなかった。
それでも、私だけが好きで、嫌いになれなくて、悔しかった。



下を向いて悶々とそんな事を考えている私は、自分が何処に連れてこられたか、何も分かっていなかった。

ウィーンと音がして、顔を上げれば普通のホテルとは全く違うホテルのフロント。私とて今はフリーだけど彼氏がいなかった訳ではない。その受付がどんな場所かは分かっていた。

「え、ちょっと、なんでっ…」

そんな私の言葉には耳すら貸してもらえず、彼は手早く部屋のボタンを押して受付を済ませた。

「ちょっと、土方さん!!やめてくださっ…んっ」

流石にまずいと制止をかけたが、狭いエレベーターの中、簡単に取り押さえられ唇を塞がれた。温かい舌に唇を割られ舌を捻じ込まれる。その中で私の舌を捕らえて、絡めて、逃げようとすれば吸い付いて…

ちん、とエレベーターが目的の階に着いたことを知らせた。
口付けに解放されて、安心する余裕もなくまた手を引かれてあっという間に部屋へ連れ込まれた。バタン、とドアが閉まると同時にまた口付けを与えられる。

なんで、どうして…

涙が込み上げるのが分かったけれど、どうしようもなかった。






貴方一人に染められて 上