Toshi | ナノ
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駆けて、駆けて、駆けて…
どれほど駆けたかは分からない。
それでも、急がなくては…

「土方さんっ!!」

総攻撃を掛けるなんて聞いていなかった。新選組が包囲されたと私が聞いた時にはすでに彼は僅か50騎を率いて出撃した後だった。

手綱を握る手に力が籠る。

どくりと心臓が音を立てた。



あの人は死に場所を探していた。

元々京にいた頃から、いやそれより前から、全てを一人で抱え込んでいく人だった。近藤さんのため、新選組の為に、優しさを押さえ込んで必死で鬼になってきた。その仮面の裏でどれだけ苦しんでいたか、察していた人間は少なかったであろう。

そうして誰かと袂を分かつたびに、仲間たちが一人、また一人と死んでいくたびに、深い自責と託された新選組を背負いこんで…
そしてこんなところまで来た。
この遠い函館に来て、彼は優しい顔を見せることが増えた。まるで、昔、多摩にいた頃のように。
本来の彼に戻っていた。

それは、もう新選組の終わりが、彼の命が終わりかかっていることを示していた。



「悪いな、こんなところまでついて来させちまって。」

「何言ってるんですか、私は私の意思でここにいます。貴方は目を離すとすぐ無茶するんですから…」

そう言うと、お前、嫁さんみてえだな、なんて苦笑するから、こんな手のかかる旦那なんてまっぴら御免です、なんて笑った。
天邪鬼。
あの時、言ってしまえば優しいあの人をまだこの世に引き止めておくことができたのだろうか?

「お願い、間に合って!!」

弁天台場への道を一直線に駆け抜ける。
走馬灯のように彼との、みんなとの思い出が流れていった。

多摩で貧しく、平穏に暮らしていた頃のこと。
京に来て、芹沢さんたちのせいで苦労したこと。最後まで傍若無人で、その振る舞いの内に熱い想いを隠して死んだあの人は、最後にこうなる事が分かっていたのだろうか。「鬼にも女と飯は必要だ。」と言って豪快に笑った姿があの人の本来の姿であったのだろう。あの人もまた、新選組の鬼であり、酷だと知っていながら土方さんに新選組を託した1人だった。
それから千鶴ちゃんが来て、平和とは言い難かったけれど毎日彼女とみんなのお陰で楽しかった。

「私は、新選組の皆さんと共にあることができて、本当に幸せでした。」

会津で斎藤と一緒に別れた彼女はどうなっただろう?出来ることなら、彼と幸せになってほしい。

「局長を、新選組を頼む。」

斎藤、あなたは生きて幸せになることを約束しろと言ったら困った顔をしたね。その約束、破ったら許さない。もし破ったら千鶴ちゃんの元に送り返してやるから。

「僕はもう戦えない。だから、名前、土方さんと新選組をお願いね。」

新選組きっての剣豪で私と同じくらい天邪鬼の総司は弱々しく笑って私の手を握った。いつも悪戯を仕掛けて土方さんを困らせていたけれど、それは彼なりに土方さんが好きで構って欲しかったから。本当は土方さんと一緒に戦いたかったはずだ。

「悪いな、名前。俺らは目指すもんが違うんだ。」

「土方さん、世話になったな。新選組、頼んだぜ。」

新八さんと左之さんは本当の兄みたいだった。この戦が終わったら、二人でお酒を飲んで馬鹿騒ぎするのだろう。そこにいるはずだったもう一人はもう二度と帰ってくることはないけれど…


「土方くん、名前…新選組、を…たのみ、ます。」

「名前…俺、役に…立てたかな?」

仙台占拠の際に羅刹の二人が散った。
ずっと土方さんを心配していた山南さん。時には本気でぶつかりあって二人で近藤さんを支えていた彼もまた私達に新選組を託していった。

平助は沢山悩んで、迷って、それでも剣を振るって最後まで生きた。貴方は新選組にとってなくてはならない人だった、と言えば、彼は笑ってお前居なきゃここまで来れなかった、ありがとうなんて言って、笑顔を見せて、そして消えた。


「トシのこと、どうか支えてやってほしい。」

近藤さんはそう言って笑った。最後まであの人は新選組と土方さんを気にかけていた。

「トシはきっと新選組のことしか考えていない。けれど、俺はもっと彼奴に生きてほしいんだ。」

ねえ、土方さん。
貴方は、貴方の生はこんなにも望まれているんですよ?




「死なないでっ」

口からこぼれた本音を告げればよかった。
銃弾の音が聞こえる。
土煙が上がっていた。

「お前らに用はないっ、どけっ!!」

聞きなれた声が聞こえる。

もし、貴方が新選組を終わらせたいのなら、その役目は私が引き受ける。だから、お願い。

生きて…


「土方参謀を逃がしなさい。急いでっ!!」

連れてきたわずかな部下たちにそれだけ言って、そのまま戦場を駆ける。銃弾が腕を掠めた。その熱が私を急がせる。

彼の姿が見えた。

それと同時に目に入る、銃を構えた敵の姿。

「トシさんっ!!」

彼と銃の間に割って入り、彼の馬の尻を蹴飛ばした。それと同時に腹部に衝撃と熱が走る。

彼の馬はそのまま走り出す。間一髪、間に合ったようだ。


「参謀、ご無事でっ!!」

部下のそんな声が聞こえた。安心感と痛みに遠のく意識を無理やり引き戻して、刀をふるえば一人、人間だったそれが血飛沫をあげて馬から落下した。その隙に持っていた手ぬぐいで腹部を縛って止血する。


「名前っ!!名前っ!!」

叫ぶ声が愛おしい。
だから強く思う。


生きて、と…



どんなに辛くても、私や彼らは貴方の生を望んでいる。だから、この役目は私が担おう。新選組を終わらせる、その役目は貴方とずっと一緒にいた私が…
振り向いて、もういいよと笑いかけた。
生きて、生き抜いて、そして…



「新選組副長土方歳三、推参!!影武者なんぞに騙されてねえでかかってきやがれっ!!」


笑っていて欲しかったの



混戦の中ではやけに興奮した兵士たち。どちらが影武者だなんてわかるまい。だからそう叫んで再び馬腹を蹴った。































誇り高き貴方に、私の生を刻ませて




そこに私がいたこと、新選組があったことを忘れないでいて。
私を、新選組を、どうか記憶の中で生かして、そして…


幸せになって。


力尽きて落馬して、彼の部下に運ばれた。

「あのひと、は…ここで、死んだ。なにが、あってもっ、生き抜かせて…」

それだけ告げると、誰かがはい、と頷いた。


見上げた空は、多摩のそれと同じように青かった。その向こうに近藤さんや総司、先に逝った仲間たちの姿が見える。みんな、よくやってくれた、ありがとう、と嬉しそうに、悲しそうに、笑っている。
一度目を閉じると、ふわりと何かが頬をかすめて、力を振り絞って目を開けた。ふわり、ふわり、と薄紅が舞う。その中で笑う、大好きな笑顔が見えた。ああ、貴方がとても愛おしい。だからこそ、生きて欲しかった。

「あり、がとう…。あい、して…」

瞳を閉じれば、涙が一筋頬に伝った。
その感触を最後に、私の意識は闇に消えていった。



誇り高き貴方に、私の生を刻ませて