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この勇気はあなたがくれた

わあああっと盛大な歓声があがった。
その注目の先にはただ一人。
私の彼氏である、青峰大輝。
彼は天性のバスケセンスを持っていて、キセキの世代なんて呼ばれている。
けれど、大きすぎる才能ゆえに中2の夏くらいからバスケを諦めていた節があった。
ライバルのいないバスケが退屈でしかたなかったのだろう。
だからずっと練習にも出てなかった。
練習しなくても勝ててしまうから。
私と彼が付き合い出したのも、ちょうどその頃。
駄目元で告白すると、いいぜ、との返事。
けれど、一緒に帰ったりするだけで、特に恋人がするようなキスやハグはしない。
時々体を求めてくることもあるけれど、それは恐らくただの生理的欲求。
それでも、別れたくないほど、私は彼が好きだった。
彼も便利だから私を手放さなかった。
何度か幼馴染の桃井さんから、練習に出るよう説得してと頼まれたが、私が説得する事はなかった。
大輝がしたくない事を無理やりさせたくはなかったし、何より嫌われるのが怖かった。
私には手を離す勇気がなかったのだ。

けれど、今行われている誠凛との試合。

彼は、本当に楽しそうだった。
私といる時には一度だって見せた事のない笑顔を浮かべて、全力でプレーしている。
その姿は今までのどんな姿よりカッコ良くて、ううん、かっこいいでは表現しきれなくて…

けれど、同時に確信してしまったのだ。

もう、彼のそばに私はいらない。

ただ、邪魔な存在になってしまうことを。

認めたくなくて、けれど、涙は止まらなかった。
彼が輝いていたから…

試合が終わって、彼を探していると、会話が聞こえた。

「さつき、今度買い物付き合え」

その一言で、全て確信した。

と、同時に私も腹を据えなければと思った。

そうなれば、思い立ったが吉日。
今やらなければ…
明日、明日と思っていてはきっとズルズル引きずってしまうし、もう言い出すことは出来ないだろう。

「大輝っ」

呼び止めた声に振り返った二人の顔は、驚きを含んでいた。

「今まで、ありがとうございましたっ!!すっごく楽しかった。」

唐突に叫ばれた言葉に、彼の驚きが深くなった。
少し混乱しているようだ。

彼との思い出が走馬灯のように私の中を駆け抜けていく。
私の作ったお弁当を、美味いと言ってくれた。
私の部屋で、体を重ねた。
貴方は知らないだろうが、寝ぼけて私を抱きしめてくれた事だって実はある。
時々、学校帰りにストバスのコートに寄って面倒だと言いながらも私にバスケを教えてくれた。

そんな仮初めの日常がとても楽しかった。
彼は退屈だったかもしれないが、私にはとても楽しかったのだ。

「はっ、お前、何言って…」

「幸せだったっ…」

彼の言葉を遮って、思いを唇に乗せる。
泣きそうだったけれど、ここで泣くのは卑怯だから、と涙を押し込めた。

「ずっとバスケを続けてね。練習にもちゃんと行ってね。それから、」


幸せになってね


「桃井さん、大輝をお返しします。今までバスケから離れさせて、貴女から離れさせて、本当にすみませんでした」

頭を下げる。

許されないと思う。
彼を甘やかしていたから、今日彼は負けてしまったのだ。
でも許されなくても、謝りたかった。


「それじゃあ」


踵を返して走り出す。
名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたけれど、それに応じることはない。
彼からのありがとうを聞けるほどの勇気は私にはなかった。
けれど、頑張った。
意気地なしの私が頑張れたのは、大輝のおかげだ。
あの輝いていた、大輝の…




この勇気はあなたがくれた


あなたの幸せを願うという一番大切なものを、最後に彼から貰った。


走って、走って、走って…

下しか見ていなかったから、やがて人にぶつかって転んでしまった。

「すみませっ…」

「いえ、こちらこそ…って名前さんですか?」

よく知った声に顔を上げると、其処にいたのは黒子くんだった。
周りには誠凛の面々もいる。

「くろこ…くん…」
久しぶりだね、ってへラリと笑うと彼はくしゃりと顔を歪めた。
きっと聡い彼は私の表情で、全てを見通したのだろう。

「名前さん」

水色の瞳が、悲しげに私を見た。

「誠凛に、来ませんか?」

勇気と引き換えに傷ついた心は一人では癒せなくて…
弱い私はその言葉と差し出された手に甘えて、それを享受した。




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