たったひとつの触れる方法
見慣れた後姿が、目にはいる。
「日向っ!!]」
丁度彼を探していたところだったので、駆け寄った。
「はい、ハチミツレモン」
「おお、いつも悪いな」
「いいのいいの」
「たくっ、カントクももう少し料理できりゃあなぁ」
ぼやくから、一つ微笑んで
「あんなに色々できるカントクなんだから文句言わないの」
デコピンしようと、背伸びをしたけれど、チビな私ではひょいっと避けられてしまうから、代わりに肩をべしっと叩いた。
「ってえ」
「ふう、すっきり」
満面の笑みで笑って逃げるとと、苗字このやろ待ちやがれと伊月にハチミツレモンを預けて猛ダッシュ。
流石バスケ部。
速すぎます。
「リコーーっ!!」
飛び込んだ三つ先の教室はリコのクラス。
「もー、名前また日向くんと追いかけっこしてるの?」
「今日はリコが料理できないって日向くんがバカにしてたんだもん」
「おいっ、俺はぼやいただけでバカには…」
「へえー」
リコが満面の笑みで立ち上がる。
勿論、右手にはハリセン。
「歯ァ、食いしばれ」
ニコッと笑った瞬間、スパーンといい音が教室に響き渡った。
「やーいやーい」
ニヤニヤと前の席の日向をいじる。
「くそっ、お前のせいだぞ」
「うん、知ってるよ」
「知ってるよじゃねえよ」
これで今日のフットワークが倍になったらどうしてくれる、とぼやく彼を見てクスクス笑う。
この時間が、とても楽しくて幸せ。
だけど…
「あの女、手加減しろよ」
一気に気分が沈んだ。
彼の一言は私を一喜一憂させるからすごい。
「まあ、しょーがないよね、日向だから」
彼女は中学からの親友。
男っ気は全然ないし、むしろ男子並みの負けん気と男子すらも従えるその統率力から、マネージャーを飛び越えてみんなから「カントク」の愛称で親しまれている。
日向も同じ中学で、特に私と日向は小学校から一緒。
帰りもよく三人で一緒に帰っていたっけ。
だから、分かっている。
二人が思いあっていること。
リコに何かあれば日向は必ずとんでいくし、凄く心配してる。
リコもそう。
きっと、私の入る隙なんてない。
それでも、こうやって日向とふざけあうのが嫌いにはなれなくて、同時にリコのことも嫌いにはなれなくて。
だから二人の親友を暖かく見守っている。
親友として…
「ちょっと、日向くん」
次の休み時間、さっきのことなど忘れ去ったリコが日向のもとにやってくる。
「おー」
そう言って立ち上がる、日向。
ああ、行かないで。
けれど、伸びた手が彼を掴むことはなく、虚しく空を掴んだ。
「日向っ!!」
名前を呼べば、彼が振り返る。
「チア部として応援行くから、頑張りなよ」
ニコッと笑って彼を追い抜いて教室を出た。
屋上の給水タンクの上は私の特等席。
誰も来ない、私だけの場所。
堪えていた涙が零れた。
「ふっ…う…」
もう、幾度告げようと思って諦めただろう。
結局、私は臆病なのか、友達思いなのか。
けれど、どちらにしろ一歩も進めていない。
「苗字」
名前を呼ばれて、顔を上げるとハンカチを持った伊月がいた。
「い…づき…」
「お前、本当偉いよなぁ」
彼の行為に甘えてハンカチを受け取ると、伊月は私の隣に腰を下ろして、呟いた。
「えらく…なんか、ないっ…」
諦めることができない。
諦めなきゃ、いけないのに。
できないのだ。
みっともなく、彼との接点に一年も縋りついて二人を邪魔している。
二人に、幸せになって欲しいのに…
本当、馬鹿だ。
「そっか」
このまま次の授業はサボるか、と伊月は私の頭を撫でた。
たったひとつの触れる方法彼に渡したハチミツレモンは明日、程よく甘酸っぱくなるだろう。
けれど、この恋は酸っぱすぎて涙が止まらないのです。