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あなたが気づくことはないね

「ねーーカラオケ行こーよー」

「行こうっスー」

「うるせぇよ、お前ら」

駄々を捏ねているとと、隣からすかさず同意の言葉と私の煩さを咎める声言葉が投げかけられた。

ここは放課後の海常高校の廊下。

部活に熱心なこの学校。

今日も放課後は生徒の活気に満ちた声が聞こえる。

久しぶりのオフに私と黄瀬はたまたま一緒になった信頼できる私の近所の先輩、幸男兄をカラオケに引っ張って行こうとしていた。


「幸男兄もさあ、カラオケ行こうよー」

「あ"?俺は勉強が…」

「じゃあ先輩歌わないで勉強してていいっスから」

「なんでそうなんだよ」

「うおっ」

ゲシッと音がして黄瀬の鳩尾に幸男兄の蹴りが入る。

「ねー、行こうよ」

お願い、ってちょっと可愛く言ってみる。

けど、

「お前もいい加減にしろ」

バシッと気持ちの良い音がして頭に鈍い痛み。

「痛いよー。ひーん」

って棒読みで言ったらまた殴られた。

二回とも地味に痛い。

けど…

「しゃーねーな。」

って言ってくれる幸男兄はやっぱり優しい。

「「わーい」」

黄瀬と声を揃えて言って近場のカラオケ店に向かう。

「そうそう、そういえばKURAが新曲出したよね!!」

「聞いたっスよ。あれはめっちゃいい曲。」

こうやって三人でカラオケに行くのはもう何度目だろうか。

幸男兄は毎回なんだかんだ言いながらも付き合ってくれるから優しい。

カラオケ店までの道のりはいつも好きなアーティストの話をする。

私と幸男兄と黄瀬は結構ジャンルが被るので行くと楽しい。

私はこうやって、黄瀬と幸男兄と歩くのが大好きだ。

そう、三人で行くのが大好きなんだ。

チリリと走る心臓の痛みと密やかな疼きには気がつかない振りをして、私は彼らを追いかけた。



「あ"ー歌った歌った」

「スねー」

「お前は酒飲んだ親父かっ」

「痛っ!ちょ、叩かないでよ幸男兄」

こんな風景もいつも通り。

三人とも声を枯らして何時も通り駅に向かう。

けど、今日はちょっと違った。

「黄瀬くん」

鈴を鳴らしたような可愛い声に真っ先に反応するのは彼。

そして、嬉しそうに声の元へと駆け寄る。

けど、そんな彼を押しのけて

「真美ーーー!!」

「うわっ、名前!?」

私が先に彼女に抱きついた。

彼女は私の親友。

そして、黄瀬の彼女。

「ちょっと名前っち!!俺の顔に傷ついたらどーすんスか!?」

「え、別によくない?どーせ傷がついたって『そんなとこも素敵』とか言われちゃうんでしょ?あー、だからイケメンは嫌。いっそめちゃくちゃ不細工になれ」

「え、ひどっ!?」

きゃんきゃん騒ぐそれにドヤ顏をした後、真美から離れた。

「じゃあね、真美」

そう言って幸男兄の隣に並ぶ。

「黄瀬、真美家まで送り届けなきゃ殺すから」

とかなりガチトーンで言って、幸男兄を促し歩き出す。

「あー、楽しかったね。てかやっぱり、真美可愛いわー。ほんと可愛い女の子っていーわー」

なんて零していると、幸男兄が隣で態とらしくため息をついた。

そして、スッと青いハンカチを差し出してきた。

「ちょっと何よ、幸男兄。意味分かんないんだけど。てかハンカチくらい持って…」

「いーから、それ持っとけ。明日返せよ」

そう言われて渋々受け取る。

どうやら、幸男兄は私の心の微かな疼きや痛みも見逃さないらしい。

「あり…がと…」

ってお礼は言ったけど、幸男兄。

そこは気づかない振りしといてよ。

ずっと、気づかれないようにしてたのにさ。

誰にも分からないように振る舞ってきたのに。

自分すらも誤魔化して、気づかない振りをしてきたのに…

こんなことされたら、認めるしかないじゃんか。



唇を噛んだ。

鼻の奥がつんとする。

それをグッと堪えていたけれど、一粒だけ涙がこぼれ落ちた。


それでも…


あなたが気づくことはないね


だって私

綺麗に貴方の友達をしてるもの。


「ふぅっ…」

飲み込み切れず、漏れた吐息。

それをきいた幸男兄は優しく頭を撫でてくれた。




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