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交わらない二つの世界

泣いている彼に、

私は言葉の一つすらかけられず…


伸ばした手を


ただ、グッと握りしめて涙を唇を噛んだ。


あれは、暑い夏のことだった



ひっそりと、声をかけずに一人彼の試合を見る。

ああ、まただ。
もうこれでかつての親友もとい悪友のゴールは15回目。
才能開花した彼は自然と私から離れてしまった。
笑顔でプレーして、勝ったら私にVサインをくれた頃の彼はもういない。

彼だけじゃない。
もう、勝つ事で誰も笑わない。

勝利という責務をただ眈々とこなすだけ。


中2の時、親友というか悪友の青峰に試合を見にくるよう言われて、ようやく好きな人の試合を見にいけるようになった、実は臆病な私。

いつもひっそり試合を見ていた。

だから中2の夏、全中で優勝した時の皆は、本当に輝いていたのも見ていた。

あの時は立ち上がって拍手をしたものだ。

けれど、私達今の中3が中心になってから、どこかおかしい。

悪友だった青峰の顔にも、チームでは一番明るかった黄瀬くんも、誰より人事を尽くす緑間くんも、お菓子が好きでほわーんとしていた紫原くんも、温厚で人当たりのいい赤司くんも…

そして、私の思い人の黒子くんも…


誰も、楽しそうじゃない。

誰も、あの時みたく輝いてない。

一年前より、チームは格段に強くなった。

圧倒的な勝利が当たり前になった。

そのせいなんだろう。

手応えがないんだ。

彼等に、キセキの世代に才能がありすぎるから。

普通の人ならできない事が、彼等にはできてしまうから。

きっと本気を出したら、つまらなすぎるから。

だから動きだって気だるそう。

去年の初戦はプレッシャーで皆の動きが固かったのに、今年は初戦が一番のびのびしていたようにさえ思える。

それからずっと試合を見に行っているけれど、もう、あの頃のような彼等を見れないことは分かっていた。

それでも、心の何処かで、次こそは、次こそ、次、次…

って期待して、今日まで悉く裏切られてきて

それでも結局、また会場に足を運んだ。

貼られた対戦組み合わせを見る。

準決勝は鎌田西。

去年決勝で苦戦した。

少しだけ、期待が膨らむ。


もしかしたら…

スタンドの見やすく、目立たない席に座ってコートを眺めた。

既に両チームのスターティングメンバーが整列している。

その中には、黒子くんの姿もあった。

おそらく、紫原くんや青峰くんたち主力の温存のため。

けれど、彼の目は今までと違った。

少しだけ、輝いてる。


そして.

ホイッスルが、鳴った。


黒子くん以外、誰もパスを回さない。

バラバラなバスケ。

唇を噛んだ。

こうなることは、分かっていた。

期待していた私が馬鹿なのだ。

それでも、それでも…

目を閉じた、その時…


「ああああっ」


ガツっと鈍い音が響いて、目を開けたら彼が倒れていて…


「黒子くんっ!!」


思わず叫んでしまった。

力なく倒れた彼が、担架で運ばれて行く。

私は闇雲に駆け出した。

途中、案内板で医務室の位置を確認し、走る。

別に私が行ったところで何かできるわけではない。

それでも、心配で駆け出した足が止まらなかった。


ようやく医務室を見つけ、扉を叩くと、中からさつきちゃんが出てきた。

「さつき、ちゃん…黒子…くんは?」

「軽い脳震盪だって。でも決勝は欠場みたい。」

悲しげに目を伏せた彼女は憂いを帯びているせいか、いつもより美しい。

悩んでいる美女は更に美しいというが、本当にその通りだなんて不謹慎なことを思った。

「私、試合いかなくちゃだから、名前ちゃんここにいてもらってもいいかな?」

本当は彼のそばにいたいんだろう。

優しく微笑んだ笑顔に悲しそうな色が一瞬混じった。

私は、頷くことしか出来なかった。



彼は目を覚まさなかった。

私はずっとベッドのそばの座り心地の良くない椅子に座っていた。

コンコン、とノックの音がする。

その音に続いて入ってきたのは、さつきちゃんと現在の帝光男子バスケ部キャプテン、赤司くん。

「すまないね、苗字さん」

緩く頭を振った。

「あたしが好きでやっていることですから…」

彼の違和感に気付く。

普段学校で会っても挨拶すら殆どした事ない仲で気が付かなかったが、かつて彼の綺麗な赤い両の目に宿っていた優しい光は消え、今はただ冷たいだけ。

その目が恐ろしくなった。

「大丈夫。僕は君を取って食ったりしないよ。」

彼には私の心情なんてお見通しなようだ。

恥ずかしくなって俯く。

と、その時…


「目が覚めたかい?」


明らかに私に言っているのではないその言葉に顔をあげると、黒子くんが目を覚ましていた。

どうやら決勝まであと五分ほどだったそうで、少し会話をすると赤司くんとさつきちゃんは医務室を後にした。

「すみません、苗字さん。」

「ううん、あたしが好きでやっていることだから」

そう答えると黒子くんは少し申し訳なさそうに眉を下げると、またすぐに寝息をたてはじめた。

ふう、と息を吐く。

あんな泣きそうな顔をされたら、私の方が泣いてしまいそうだ。


時々近くのディスプレイまでスコアを確認しに向かう。

テレビに映るその姿はいつもと変わらない、誰も本気でプレーをしない彼ら…

結局、決勝まで変わらなかった。

圧倒的な才能や、勝利。

それと、引き換えに彼らは大事なものをなくしている…

私にはそんな気がしてならなかった。


再び医務室に戻ると、丁度黒子くんが目を覚ましたところで

「黒子くん!!」

私は彼に駆け寄った。

「っ試合は…どうなりましたか…?」

「さっき第4Qが始まったところ。帝光が大量リードしてるよ」

「ちょっと見てきます」

その言葉に勿論彼を止めたけど、彼の目を見たらそれ以上静止の言葉はかけられなかった。

そうして近くのディスプレイまで試合を見に行った私達。

圧倒的な点差。

なのに攻撃を繰り返す彼等に微かに感じた違和感。

「優勝、できそうだね」

隣の黒子くんに声をかけた。

だが、

「違う…」

聞こえた言葉に思わず彼を見た。

彼は絶望的な目をしていた。

「この試合はなんか…変です」

再びディスプレイに目を戻す。

黄瀬くんのダンクが決まる。

これで、スコアは111-9。

違和感は強まる。


「まさか…なんで…」

そう言ったかと思うと黒子くんはヨロヨロしながらもかけ出した。

「へっ?!ちょっと、黒子くん!!」

私も慌てて彼の後を追う。

だが、運動部の彼に追いつくことはできず、差を離されないので精一杯。

私が彼の後を追って会場に入った時、リバウンドに行った紫原君のオウンゴールで試合が終わった。

「荻原くん!!」

黒子くんが明洸中の人のところへ駆け寄ろうとする。

けれど、振り返ったその人の目はただ絶望に満ちていて…

もう一度スコアを確認する。

111-11

そこで私はやっとこの試合の違和感を悟る。

きっとそれに黒子くんは気づいていた。

「黒子くん…」

彼の背に声をかける。

けれど…

「うっ…ぁ…あ"あ"あ"…」

嗚咽を漏らして、身体を震わせて泣く彼の背に、慰めの言葉なんてかけられなかった。

きっと、黒子くんは信じていた。

赤司くんに託した言葉が、実行されることを…

けれど、それは実行されていなくて…

なぜだろう。

優勝って、こんなに嬉しくないものだっけ?

こんな悲しいものだっけ?

ああ、きっと彼はもっと虚しくて悔しくて悲しくて苦しくて辛いんだ。

彼の背をさすろうと手を伸ばす。

けれど、それすらも許されない気がして、私はその手をグッと握りしめた。



それから、一年が経った。

私は今でも誠凛の試合を欠かさずに見に行く。

その時の彼は輝いていて、楽しそうだ。

「苗字っち」

私は高校で男子バスケ部のマネージャーを始めた。

黄瀬くんも今では中2のあの頃のようにバスケをするようになった。

「なーに?黄瀬くん」

「いいんスか?黒子っちに言わなくて…」

「うん、いいの」

今でも彼のことは好きだ。

けれど、あの時の彼を見て自分が想いを告げたいとは思わなくなった。

それよりも、遠くで彼を見つめていたい。

彼の邪魔をしないよう。

確かに、苦しくないとは言い切れない。

それでも…

「私、バスケしてる彼を見てるだけで幸せだから」

彼がチームメイトとハイタッチを交わした。

彼が、笑っている。

私も、笑みがこぼれる。




交わらない二つの世界


それでもいいの。

あなたが楽しそうなら、それで。




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