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「逃げるように吐き捨てた」の続編

「君には分からないだろう」

その言葉が、強く、強く、心を抉った。

「もう、俺にすら勝てない名前には口を出されたくない」

ぎゅっ、と心臓を潰されたような気がした。
それでも、其処で泣いたら彼の最後に残る私は泣き顔になってしまうから…

「また、明日ね」

辰也が振り返る前に走り出した。

辰也がいつもの私を想像してくれるように…
いつも、笑ってバスケをしていた、楽しかった思い出だけを思い出してくれるように。だって、好きな人の最後の私の記憶になるのだから、笑っている顔がいいに決まっているじゃないか。


ねえ、辰也。

貴方はまだバスケをしてるの?

大我との蟠りは解けた?

二人とも意地っ張りだから、私、心配してるのよ。




高校3年の春…

「これからはこっちでゆっくり暮らしなさい」

両親の離婚のお陰で、私と母はアメリカを離れることになった。離婚の原因は父親の浮気で、その直後から母親は父に似ている私に暴力をふるい出した。そんな漫画みたいなことが自分の身に起こるなんて想像もしていなかった。父親譲りと褒められた顔にお皿を投げつけられ、長かった髪はハサミで切られた。幸い顔に痣は残らなかったものの、右手の手首には3cmほどの傷跡が残った。

それでも、それは一時的で自分の行動に気がついた母は躊躇うことなく精神科へ通い、なんとか不安定な精神状態を脱した。そうして親子二人東京で暮らしていこうと思った時に発症した私の喘息。原因は過労、ストレス、そして東京特有の汚れた空気だった。母は自分のせいだと、泣いた。

「母さん、気にしないで。私は大丈夫だから」

笑顔に嘘を乗せるのは、得意技になっていた。


母は仕事の都合で東京を離れられなかったため、私は母の実家のある秋田へ来た、という訳だ。



本当はあの日、最後のお別れを言うつもりだった。次の日の飛行機で日本へ渡ることになっていたから。

「元気、してるかな」

医者からバスケは40分持たないことを通告され、バスケはやめた。もともと自分に才能がそこまで備わっていないことは分かっていたから、バスケを辞めることにあまり抵抗はなかった。ただ、二人の幼馴染、特に辰也のことは心配だった。

辰也は私と少し似ていた。

大我の才能に嫉妬していたのは私も同じだった。ただ、私は隠すのがうまかっただけ。男女差もあるから仕方ないと、本当の気持ちを隠すことができただけ。実を言えば辰也だって、羨ましかった。全く才能がなかったらあんなに上手くはなれないじゃないか。


「いってきます」

この秋田にも遅い春が巡って、来た時はまだ寒い北風が吹いていたのに、今では桜がはらりと舞っている。っと、ボーッとしている時間はない。今日は転校初日。そして、始業式だ。

何度か春休みに来た通りの道を行き、昇降口に着くと左手に見えた体育館から歓声が上がった。あ、そういえばここ、バスケ名門なんだったっけ。そのままつもりで歩き出した時…


「きゃー!!氷室くーん!!」


思わず、体育館の方を見てしまった。

まさか、まさかね…

氷室なんて苗字、佐藤とか鈴木とかに比べれば珍しいけど、さして珍しい名前じゃないし。いや、でも確かめるくらいしてみようかな。まだ、時間もあるし。

思わず体育館に向かって歩き出した。

けれど、体育館まであと少しのところまできて足が止まる。


もし、その「氷室くん」が辰也だったとして、なんて言えばいいの?なんでここにいるって聞かれたらなんて言う?もう、バスケは出来ないのに?リストバンドを外せない手になってしまったのに?辰也はもうきっと私のことなんて嫌いなのに?

拒絶されたら、どうしたらいいの?

そうすると突然足がすくんだ。

あ、だめ。これ以上近づいちゃ。


考えちゃ、ダメ。


結局体育館には行かず、近くの壁の裏側にあった水道の脇に座った。弱虫、と罵ってみたけど何も変わらない。転校初日から発作で迷惑をかけるわけには行かないのだ。

体育館からは歓声が聞こえてくる。

ねえ、辰也?

もし貴方がここにいるなら、教えて…

私はどうしたらいいの?

不意に瞼の裏が熱くなって、その熱を逃がすように膝に顔を埋め、大きく息を吸った。しばらく、このままでいよう。



蛹から生まれることなんて出来ないの


その羽根が綺麗かどうかも分からないのに…

「どうしたんだい?」

どれほどそうしていただろうか。

不意に聞こえた、懐かしい声。

「具合悪いなら保健、しつ…」

顔を上げたら、懐かしい顔がそこにあった。


「たつ、や…」

どくん、どくん、と心臓が音を立てた。どうしよう、何か、言わないと…

けれど、次の瞬間に訪れた温もりが私の思考を遮断した。

「やっと…やっと、会えた」

ぎゅうと、私を抱きしめる腕があの頃より逞しくなっていた。

「ずっと、謝りたかった。大我に勝てなくて、焦って、八つ当たりであんな言葉をっ…すまない」

あの頃より少し大きくなった、逞しくなった身体が震えていた。

「ううん、大丈夫。大丈夫だよ。」

背中に回した手でゆっくりと彼の背中を撫でる。


” I didn't want to wake up while I was away from you. I didn't wanna be finished dreaming because I could meet you in the dream. But now you are here.”

昔二人で好きだと言った洋楽の歌詞になぞらえた言葉。沢山、回り道をしたけれど、もう迷わない。


”Wake me up. I love…”



「「I love you」」
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このお話は泉様のみお持ち帰り可です。

この場をお借りして泉様へお手紙です。


泉様へ
この度はリクエストを本当にありがとうございました!「逃げるように吐き捨てた」は私が書いた氷室さんのお話では一番のお気に入りで、ぜひ続編を、と思っていたので、リクエストを頂いたときはとても嬉しかったです。そして書こう書こうと思いつつ、気がつけばこんなに時間が経ってしまいました。申し訳ありません。
というのも、ヒロインが日本へ帰る理由が思いつかなくて…
また、あまり使わなかった喘息設定ですが、きっとこのヒロインちゃんなら再開してからもしばらくは隠したままでいそう、という思いからあまり触れませんでした。とはいえ、そうでもしないと秋田に行く理由も思いつかなくて…

と、長くなってしまいましたがいかがでしたでしょうか?

最後はやたら言い訳がましくなってしまいました。申し訳ありません。まだまだ未熟者ですが今後も精進して参りますので、遊びに来ていただけたら嬉しいです。20000hit企画の方はもう少々お待ち下さい。

最後に繰り返しになりますがこの度はリクエストを本当にありがとうございました!