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ねえ、王子様。
もしあの時助けたのが私だと言ったなら、貴方は哀れな人魚に目を向けてくれますか?


私が好きなのは、黄瀬涼太くん。

小さい頃、私がバンドエイドをあげた男の子。
転んで泣いている彼だったけど、バンドエイドを貼って、いたいのいたいのとんでいけー、って言ってそっとキスをすると、ありがとうって笑ってくれた。
その笑顔に一目惚れしたんだ。
あの頃から、髪は綺麗な金髪だったっけ。

中学に入って再会して、声をかけようかと思っていたところ…

「私ね、黄瀬くんと付き合うことにしたの」

そう言ってお姉ちゃんが笑った。
お姉ちゃんは私より一つ年上で、勉強も運動も何でもできて優しくて綺麗で小柄。
私も顔は似てるけれど、運動ばっかりしていたから足は太いし、背は高く、勉強だってお姉ちゃんみたいにはできない。
しかも私はどうしようもないドジだ。
けど、優しいお姉ちゃんが大好きだったから、私は何も言わないことにした。
精一杯笑って、

「良かったね」

って笑うことにした。


だけど、多分他の人が黄瀬くんと付き合うより黄瀬くんが忘れられなくなってしまった。
だって、お姉ちゃんを通じて接点ができてしまったから…

「苗字っち!宿題移させて欲しいっス!」

「えー、またぁ?」

渋々宿題を渡してあげるあたり、私はどこまでお人好しなんだろうか。
こうやっていくらお人好ししたって、私が黄瀬くんに選ばれることはないというのに…


ああ、疲れてきたよ。
泣きたいよ。

中3になると、お姉ちゃんの事を聞きたいがため余計に黄瀬くんが近付いてきて、いよいよ苦しくなった。
だから黄瀬くんから逃げるようにして私は部活のない放課後、屋上に通った。

そして、ある日…

「あ、お前苗字じゃん」

そこで同じクラスの青峰と鉢合わせた。
部活をサボりたい青峰と、黄瀬くんに会いたくない私。
お互いに理由を聞かないまま、他愛のない話を重ねた。
好きなアイドルだとか、最近の流行りの曲だとか、どの先生の授業が楽しいだとか。
たまに、二人でバッティングセンターやテニス、ボーリングにも行った。
二人とも運動が好きだったからだ。

けれど、夏が近くなると青峰は大体の土日は全日試合で、あまり遊べなくなり、週に二回、平日の私の部活がない時のみ遊んだり駄弁ったりするようになった。

「あんた、青峰くんと付き合ってんの?」

友達にそう聞かれたこともあったが、それには否としっかり首を振った。
だって私達は友達だったから。

時間は更に流れ、夏休みに入った。
夏休みに入ってからも、私と青峰はよく遊びに出掛けた。
バスケの応援には行ったことがなかったけど、行かなくてもいいと思った。
一度バスケの話題になったことがあったが、その時の彼の険しい顔から、触れてはいけないんだ、と思った。


その年、帝光中は圧倒的強さで全中を制覇した。

そして、夏休みが終わる一日前。

その日は青峰の誘いで隣町にある体育館にバドミントンをしに行った。
バドミントンは初心者の青峰に一から教える。
中学に入ってバドミントンを始めたから、自分もできなかった頃の記憶が鮮明で教えるのは苦じゃなかった。
数時間、二人で汗を流して帰る途中…


「なんでッスか!?」

悲痛な声がした。
いつも聞き慣れているそれからは考えられないほどそれは辛そうで、慌てていて…

「おいっ!!」

青峰くんの制止を振り切り、駆け出した。
声のした方にいたのは、輝かしい金髪。
そして小さくて愛らしい、私の自慢のお姉ちゃん。
けれどその顔も悲しそうに歪んでいた。

「ごめんね」

そう呟いたお姉ちゃんが駆け出す。
泣きそうな瞳の彼を残して…


「お姉ちゃんっ!!」

私もお姉ちゃんの後を追ってかけ出した。
運動好きなだけあって足の速さは私の方が上だし、お姉ちゃんは信号待ちで足が止まっていた。


「お姉ちゃん、どしたの?」

「名前…」

大きな瞳からポロリと涙が零れた。

「あのね、私っ…遠距離、になったら、さみしくなっちゃって、それでっ…」

苦しそうに、一言、二言告げるお姉ちゃん。
それを見ていたら苦しくなって…

「でも、黄瀬くんお姉ちゃんのこと大好きだよ?学校でも私に毎日様子聞きにくるくらい!」

明るい声を出して、お姉ちゃんの肩に手を置いた。

「お姉ちゃんは愛されてるよ、自信持って!苦しいからだけで黄瀬くんのこと傷つけちゃだめだよ」

私がそう言うとお姉ちゃんはハッと顔を上げて、それから涙を拭った。

「涼太くんと、ちゃんと話す」

私の目を見てハッキリ告げたお姉ちゃんはいつになく美しかった。
そして、いつになく私の心は痛かった。
そう、王子を刺すはずだったナイフは私の心を勢いよく貫いたのだから…


「戻ろう?黄瀬くんに電話してみなよ」

「うん、電話してみ…」

お姉ちゃんがそう言いかけた時、誰かが危ない、と叫んだ。
声に反応して振り向けば一台の車が歩道に乗り上げたままこちらに向かってくる。

「お姉ちゃんっ!」

ありったけの力でお姉ちゃんを突き飛ばした。




「名前ーーーーっ」

突き飛ばされ、朦朧とした意識にお姉ちゃんの絶叫が聞こえた。

ああ、これでいい。

だって、人魚姫は失恋の物語。
最後は、海の泡になって人魚姫は死んでしまうのだから。

ああ、でもせめて…

私に今声が出たなら、最後に、金髪の王子様へ思いを伝えたかったなあ…



目が覚めると、両親とお姉ちゃんが泣き出した。
どうやら、奇跡的に私は一命をとりとめたらしい。
けれど、事故の影響で足が動かなくなった。
つまるところ、私の好きな運動は出来なくなったわけだ。

お姉ちゃんは泣いた。
沢山私に謝った。
ごめん、ごめんね、と…

けれど私は不謹慎ではあると分かりながらもあの時殺してくれなかった神を恨んだ。
あのまま、消えてしまえたら楽だったのに…

神は、どこまでも残酷だった。
世界は、どこまでも残酷だった。

ぼーっと外を見ているとノックの音がして見慣れた青髪が入ってきた。

「久々」

なんとかにっこり笑っていつも通りを心がけた。
けれど、青峰の表情はなんとも言えない悲しそうな辛そうな表情だった。

「なんか一ヶ月くらい寝てたみたいだね、私。私は全然久々な気がしないんだけど」

にこりと笑ったけれど、彼は何も言わなかった。
けれど、ギュッと手を握って唇を噛んだもんだから唇の橋から血が流れていた。
手には幾つかの痣があった。

「ほら、噛まないの。それから、手出して」

笑ってテッシュを青峰に渡して差し出された手に触れる。

「あーあー、痣なんて作って。スポーツマンでしょ?」

手当をしてあげたかったけど、湿布などなかったから…

「いたいのいたいの、とんでけー」

そう言って、優しく青峰の手に唇を落とした。
小さい頃、黄瀬くんにしてあげたのと同じように。
これは小さい頃私がよくお母さんにしてもらっていたことなのだけど、それをしてあげたくなるくらい、青峰が大きな子供に見えた。

「あとで湿布…」

もらって、と言いたかったけれど言葉にならなかった。

唇に柔らかな何かが触れる。

それが離れて…


「好きだっ…」


苦しそうに、青峰の唇から言葉が零れた。





触れられたら、逃れられない。
姫の優しさに、囚われてしまうから…


いつか泡になって消えねばならない私に、神は更に残酷だった。
そして、そんな私を好きになった彼にもまた、神は残酷だった。


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企画「恋に溺れた人魚」様に提出