_____『甲板につれてこい』


そう言われるがままにエースさんの後ろを歩く。甲板に、ということは、外に。何故。何が行われるのか。
覇気で気配を探ればある一点に人が集まっていて、私とエースさんはそこへ向かっている。足取りが重くてしょうがない。たどり着いた先がイメージ出来ないでいる。だからといって引き返せもしないし、拒否も逃げの道もない。まるで処刑される罪人になった気分だ。

罪人といえば。
この前まで鎖で繋がれていたはずだが、それがいつの間にか消えている。まぁ今は包帯のせいで手錠なんて出来ないのだが。
考えているうちに自分はすっかり処刑される気になってしまっている。気も足取りもとても重く、静かに深呼吸のような深いため息を吐く。すると聞こえてしまったのか、数歩前を歩くエースさんが振り返った。


「大丈夫か?」

「すみません、大丈夫です」

「ストレッチしたっつっても、歩くの辛いだろ」

「歩くのも、」


リハビリですから。

そう言おうとしたが処刑という文字が頭を横切り、口が止まった。
……いやいや、処刑なんて誰が言ったんだ。いや、でもエドワード・ニューゲートさんは「息子共がソワソワしてる」とも言っていた。……海兵1人を見せしめとして処刑する想像が勝手に膨らむ。
そしたらリハビリと言ったところで笑われてしまうだろうな。……しかし、そんな残虐な海賊だとは聞いていない。現にエースさんは先程から気を使ってくれている様で優しさが伝わってくる。
いや、この際何でもどうでもいい。こんなところで何をうじうじしているのか。エースさんを待たせまいと顔を上げると同時に、突然の浮遊感。


「よし、行くか!」


見上げれば、そばかすに眩しい笑顔。背中から肩、膝裏に他人の温かい体温。横抱きされている。どうも彼は突拍子も無いことをする人のようだ。

降ろしてくれの声も聞かずそのまま船内の廊下を駆け抜けて行く。浮遊感と疾走感に目を瞑りながら「あの」「歩けます」「降ろして」と声をかけても聞く耳を持たず、ついに扉を蹴飛ばす音が聞こえた。カモメの鳴き声、ガヤガヤとしたたくさんの話し声、直射日光の眩しさが突き刺さる。そして、視線も。目を開けたくなかったが、いつまでも瞑っているわけにはいかないので恐る恐る瞼を上げた。


「何してんじゃァエース!!」
「おいドア前直したばっかりだぞコラァ!!」
「ははっ!勢いでつい。止まれなくてよ」
「…随分な登場の仕方だよい」

「…………。」


エースさんに抱えられたまま、広い甲板を満たすほどの人が密集している光景に圧倒される。そして同時に集まる視線。シャンと身体が自然と強ばった。
その群衆の前方にいた不死鳥マルコが「エース、降ろしてやれよい」と声をかける。正直こんな所に降ろして欲しくもないが、抱えられたままも嫌なので大人しくエースさんから解放されゆっくりと甲板に足をつける。不死鳥マルコがエースさんを手招きすると、とん、と私の肩を軽く叩いてから群衆の方へ行ってしまった。
かいへいの横には、座っている白ひげエドワード・ニューゲート。そして目の前には、そのクルーであろう人達。
じわじわと不安の様なものが身体を囲みはじめ、呼吸をゆっくり静かにする事で精一杯だった。


「コイツは知っての通り、エースが拾った海兵だ」


エドワード・ニューゲートさんが突然話し始めると、たくさんの話し声が消えた。そして同時に自分の心臓はにわかに鼓動を増した。どこに視線を向ければ良いのかも分からず、大量の視線から逃げるように最後はエドワード・ニューゲートさんの方に顔を向けた。


「海兵だが、」


ふ、と静寂が訪れる。彼は視線を1度私の方へ向けて、それからまた前へ戻した。


「この前の戦闘で、うちのナースを身を呈して守ってくれた。海軍のクセに俺たちに敵意もねェ。それと、赤髪のお気に入りだからテメェら気をつけろよ」

「えッ、..._____」


直後、地響きのような叫びが甲板にあがった。
突然の大きな声に肩が飛び上がる。クルー達へと視線を移動させると、誰もが口を開けていた。...なんだ、この状況。エースさんにマルコさんまでもが唖然としている。
隣のエドワード・ニューゲートさんはこの状況を楽しそうにグラララ、と笑っていた。まるで子供がイタズラを成功させたときような。


「い、...あの、別にシャンクスのお気に入りって程じゃ...」

「それを聞いたら赤髪が泣いちまうなァ...あの野郎、オレの船に来てはおめェの話をよくして酒も寄越さず帰って行きやがる」

「...私のはなし?」

「海軍で育ったチビの海兵が、海賊と海軍が仲良くなれば良いってうるせェってな」


そう言って、エドワード・ニューゲートさんはグラララと笑った。そりゃあ海賊、海軍からしてみても、誰が聞いても笑い話だろう。しかしそれを口にしていたのは昔の私である。


「.........まぁ、...」


言っては、いたけれど。
まさかシャンクスがこれを他の海賊に話すとは思わなかった。小さい頃、それを言い過ぎたせいだろうか。最初彼は涙が出るほど笑っていたが気付けば穏やかな表情で聞いてくれていた。
とはいえ、別にそんな事言ったところで今のように笑われるのは当たり前だ。きっと昔の私なら笑われたら泣いたり怒ったり癇癪を起こしていただろうが、今はもう何も思わなくなっているし、海賊というものも海軍というものも、敵対する理由も理解しているつもりだ。
そりゃそうか。まぁ、そうだよね。それではいお終い。その先も、何も無い。ただの、何も知らない子供の馬鹿げた夢。


「そこでだ」


目の前に大きな手が現れた。
エドワード・ニューゲートさんの厚く広い手。傷はあるものの、ハリがある手だった。
どういう意図で差し出されたものか分からず、その手を見つめる。


「海軍を辞めろとは言わねェ。全部そのままでいい。これは赤髪への嫌がらせでもあるが...オレがおめェを歓迎したいと思ったから言う」


手から、目の前の人へ。真上からの太陽の光が眩しい。
したたるような慈愛に満ち細めた眼。灰色の虹彩の奥にある黒い瞳。世界最強、四皇の一角、その船長とは思えない程の穏やかで優しい声。


「かいへい、オレたちの家族にならねェか」


本日2度目の叫びが、かいへいの耳を劈いた。











雪解けを告げてくれ
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