※視点の移り変わりが激しいです



 もう街は夜に包まれたというのに、まだネオンの光で明るく輝いている。どのビルからも星屑のように小さな光が漏れていて少し眩しい、流石東京とでも言うべきか。そんな人工的な星達を背にチャリアカーを漕ぐ。真ちゃんの嫌いな、都会の喧騒から逃げるように。さながら愛の逃避行とでも行ったところかねえ、真ちゃん。そう言って後ろを振り返ると、お姫様は夢の世界に一人で飛び込もうとしているところだった。しばらくは幸せな夢を見せてあげる、でも一人は寂しいから、少し経ったら戻ってきてね。うつらうつらと揺れる頭は、俺の問いかけに頷いているようにも見えた。




 真ちゃんの何十倍分も背の高い建物が乱立する景色は見る影もなく、辺りには一軒家がぽ つぽつと小さな灯をつけて建っている。前方には林、そこを抜けると小さな丘。チャリアカーで登るのには限度があるだろうから、せめて林を抜けたら起きてもらわなくてはならない。目覚ましにはやっぱりおしるこかな、と、一軒家ばかりが並ぶ田舎道に奇跡的に見つけた自販機にちゃりんちゃりんと三本分の小銭を入れる。がこんと出てきたのは真ちゃんのあったかいおしること、俺の冷えたお茶と、やっぱり真ちゃんのあったかいおしるこ。秋の夜に冷やされた手に、おしるこ缶のあたたかさがよく染みる。さあ、もうひと踏ん張りだ。





 「真ちゃん、起きて、」いつも大きい高尾の声が、なんだか遠くに感じられる。返事をしようと口を開く前に、高尾の顔が見えた。ぼやぼやとする頭で高尾がひ どく嬉しそうに笑っているのを認識する。おかえり、戻ってきてくれてありがとう。高尾の言葉はよくわからなかったが、いつの間にか寝てしまっていたということだけは理解した。なんだか妙に懐かしい夢を見ていた気がする。





 ぽつりぽつりと会話を交わしながら丘を登る。丘と言えど小さな山だ、頂上に登り着いたときはなかなかに見晴らしが良く、思わず二人で顔を見合わせた。





 長い四肢を折り曲げて座る緑間の隣に腰を下ろす。上を見上げたまま目をそらさない彼に倣って夜空を見上げる。いくら都心から離れたとはいえ都内だ、人工的な光が強い。それでも、彼の隣で見上げる空は綺麗だと思える。





 一等星がない分、過ぎ去った夏の夜空よりも暗く感じられた。それでもよく晴れていたからか、見える星の数は多い。こっそりと隣の彼の顔を盗み見る。陶磁器かガラス細工のような綺麗な瞳にも夜空の星の光が映っていた。瞳をのぞき込みたい衝動に駆られる、でもやってしまったら止まらなくなりそうなのでどうにか抑えてまた空に視線を戻すとちょうど視界の真ん中の方でキラリと輝いて流れた。





「あ、」





 真ちゃん、という言葉は飲み込んだ。ひとつ、ふたつ、星が流れていく。今日はオリオン座流星群の日だ。まだまだピーク時には遠いが、一つ目に流れた星を皮切りに、いくつもの星が空に短く軌道を描いていく。





「ねえ真ちゃん、」

「何だ」

「あの変なオレンジ色のって、」

「……ああ、」





 あれは火球だ、と目 は流星に向けたままで真ちゃんが答える。一等星、二等星くらいの明るい星が流れるとああなるらしい。ふうん、と返して思い出す。


「人の肉眼で頑張って見えるのが六等星なんでしょ」

「ああそうだ、よく覚えていたな」

「じゃあ流星群なら見えるかな、六等星」





 空から目を離さなかった真ちゃんが、ようやくこちらを向いた。










 夏にも、真ちゃんと二人で星を見にここを訪れたことがある。名目はインターハイの優勝祈願、結局はまあ二人揃って流れ星はあまり見つけられずに終わったのだが。




『いやあ、夏は星が綺麗に見えるねえ』

『ああ、一等星が多いからな』

『そっかー、ねえそれ何等星まであるの?』

『さあな、17等星までなら聞いたこ とがあるが。肉眼を凝らして見える一番暗い星は六等星だな』

『六等星かあー、こんだけ明るい星が多いと、そんくらいのは霞んであんま見えなくなっちまいそーだなあ』





 よく考えずに、ぽんと出てきた言葉だった。知らぬ間にバスケか何かと重ねていたのかもしれない。ただ真ちゃんは、そうだな、と一言そう返して、それでその話は終わっていたと記憶している。





 *




「お前のその目に六等星は見えないのか」

「うーん、見えてもどれが六等星かはわからないしなあ」





 隣から投げかけられた少しばかり的はずれな気もする質問にそう返すと、一拍おいてそうか、と一言、また上に目線は戻された。ああそうか、彼とはバスケのコートだけではなく夜空一つさえも同じようには見えていないのか。そう考えると少し悲しくなってきた。鷹の目を使わずとも俺の視力は良いし視界も広い、それに対して彼は裸眼では日常生活もままならないほどの視力の悪さだ。眼鏡のレンズ越しに見える世界はきっとまた違うものなのだろう。鷹の目を捨てたいわけではないが彼の見る景色と同じものが見たい、きっとさぞかし美しいことだろうに。星は何も知らずにどこかへ着地する、星屑となって。




続きます



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -