キスしてみるか?



頭を撫でる


目の前の 黒の色長い さらさらとした艶やかな髪

ただ単に 何となく 雰囲気で
彼女の目に 涙が溜まっているのが見えたから


悔しそうに俺の知らない過去の恐怖に怯えて 表情は罪悪感でいっぱいの様だった








──触れる

彼女の顔が落胆色に染まった気がした


やはり女の頭に触れるとは拙いことをしたか?
俺などといるのがそれ程嫌なのだろうか?
それとも…… 他に… 何か…………


つい頭に手を置いたまま考える
身長差で上目遣いになる筈のその瞳は どこか冷たいものを含んでいた
その目の下の隈が一層引き立てられている




頬に冷たい何かが当たった

すらりと細く白い指 綺麗に整えられた爪
その手首は白く 薄い皮膚のした青い血管が浮き出ている


つ と撫でられる頬

交わす視線 見入られるとぞくりと肌が粟立った


その焦げ茶色の瞳 その白目の紅の血管が網目に走る様子が狂気を
顔の 吹き出物の痕であろう若干の赤らみの対照に白い肌には 全く涙などはなく冷徹さを
そう長くはないがふさふさとし くるりと上を向いた睫毛が少女性を

全てが合わさり どこか惑わす様な空気を孕んだヒトが目の前にいる



さっきまで庇護対象下にいた少女がどこかに消え 女と言うものが顔を覗かせていた
朱をさした唇の開き加減が なんと艶めかしいことか
ごくり と唾を飲み込んだ音が響いたような気がした

無表情で頬を軽く摘んだかと思うと彼女は一言

「……してみるか?」










望まなかった物が我が手中に落ちてしまった


整っているとは言い難い容姿 低めの身長 尋常小学校卒業後働きながら夜学 という学歴

下男の家とその雇い主の大地主の家
花の女学生に相応しいか? 否だ

こうしているのを見られでもしたら また祖母に叱られる筈
するり と掌の下から抜けだし 固まったままの彼に目もくれず駆け出した


ちらちらと舞う桜が目に入る



ただの遊びだ  火遊びですらない

気があるように見せかけて ただお人好しで天然だからそうしたように振る舞えばいいのだ
バレたとて 罰を受けるのは向こうなのだから
だがしかし 今日はおふざけが過ぎたな…………


三つ編みの髪を解きながら自嘲気味に笑った
印象的な色のセーラーの襟を翻しながら 彼女は時間を確認する
見事な意匠のかの時計は女学生が持つには些か不似合いな物だった
それは彼女を溺愛する父親が買い与えた 男物の銀製の懐中時計

文字盤の硝子が夕日に反射する 
もう夕食の時間 そう家へと急いだ




どうせお見合いして結婚させられるのだ
十も離れた親戚の男と結婚させられる可能性だって……… 噂に耳をそばだてれば分かるのだ


なら今遊ぶしかないじゃない

それが例え誰だって良かったのだ
他人を操り優越感に浸る
あの反応が面白くて堪らない
それが悪趣味でいけないことだと分かっていても止められない


「キスしてみるか? なんて言うわけがないじゃないか」

そう呟いた時に微かに軋んだような何かの存在を彼女は無視をする事にした





赤い夕日は今日も変わらず輝いている──


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