童は見たり 野中の薔薇


ざーあいん くなーぷあいん れーすらいん しゅてーん

れーすらいん あぅふでぁ はいでん

う"ぁーるぞー ゆんぐうんと もるげん しぇーん……………


微かに聞こえてきたその声は 目の前にいる誠司の歌声
お八つはまだな二時半  今日は土曜日で学校から直接泉貴の家に来た
母は出かけているし 姉は部屋に籠もっている
二人は泉貴の部屋にいた
壁にはバスケットボール選手のポスターが貼られており 成る程 確かに男バスのエースらしい部屋だった

誠司は学年末テストの勉強中  泉貴はぼうっと漫画を読んでいた






誠司の父親は 昔ドイツに単身赴任していたらしい
そして 日本に帰ってきて三年程経った後 次はロシヤに単身赴任をして── 黄泉の国の住人になったそうだ
事故だった  そう彼は言う

そう言った時の誠司の目に悲しみはなかった なんて事はない
縋りつきたいような 行かないで と泣いている子供のよう
誠司は父親似だったらしいので もしかしたら居辛いのかもしれない  かなり似ていたらしいから



彼は 成績がいい方ではない
辛うじて中高一貫コースの半数より上なものの いつ赤点をとっても可笑しくない状況だった
きちんとした着こなし 丁寧な言葉遣い 整った顔だち
それらが誠司を優秀な人間に見せるのだと思う


それ故 誠司は家庭の中で少し疎まれているのだろう── と泉貴は思っている
彼の弟 幸司は彼よりもランクの高い高校にいる
勿論 誠司と泉貴が通っているところも進学校 の部類に入るといえば 入らないこともないが
だが幸司は某首都国立大に百人単位で入るような学校に通っているのだ
誠司のお母さんの会社も 弟が継ぐことがほぼ決定らしい

彼自信は 何も不満はない と言う
だけれど 時折彼の目には寂しさの様なものが見え隠れするのだ





彼の家に行ったことはある
それは一回だけだったが どうにも居心地がわるかった

煌びやかエントランス 妙に静まっている広い空間
高層マンションはどこか冷たい
かつかつ と音を鳴らして過ぎ去っていくハイヒールの女性 革靴の男性
上質なスーツを着た女 高いスポーツブランドのウェアを着た男
田舎に住んでいる泉貴には 別世界とも言っていい


ここは田舎
泉貴の継ぐであろう千鳥家も 土地は都会にあっても住むのは田舎な地主だ
それもそこまで大規模なわけでもない
祖父の従兄弟にあたる家は 空襲でも無事だったが 泉貴の家は空襲で焼けたらしい
よって 県庁所在地から田舎へグレード・ダウンしたわけだが そうでなかったとしても泉貴には馴染めなかっただろう



暖かい人だった  誠司のお母さんは
だけれど忙しい人でもあった
泉貴が挨拶をした後 すぐにせわしなく出て行ってしまったのだから

それは 当然なのかもしれない
休日であろうとなかろうと とある有名会社の代表取締役をしている誠司のお母さんにとっては
泉貴の母は 専業主婦であった
だからこそお手伝いも運転手も必要ないだろう  会社から派遣される父の運転手は除くが





どちらが幸せか なんてことは言わない
だけれど 泉貴は思ったのだ
"誠司を守らないと" と
それは余計なお世話だろう  ただの自己満足だ
月にかかった薄雲の様な愁いを秘めている 誠司
彼は泉貴から見たらとても綺麗なのだった


淋しげに歌う彼の声が聞こえる度に その思いは強くなっていく
瑞々しく 美しい薔薇を手折ろうとは思わない
棘が刺さって 忘れられなくなるのも一興
だけれど泉貴はずっと見守っていたかった






れーすらいん れーすらいん れーすらいん ろーと

れーすらいん あぅふでぁ はいでん…………


歌い終わった誠司が此方を向いた
どうやら数学が分からなかったらしい
漫画を置き 図面を書きながら教える泉貴はどこか愉悦に満ちていた

それは 野薔薇を見つけた少年の様に──


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