ああちくしょう。
生命の抜けた肉塊と赤い海が広がる大地。目玉が飛び出し視神経を無様に晒す大き目の肉塊の一つ、その上に憮然と乗っかり空を見上げている犬、正確には犬のきぐるみを着た男を俺は睨む。


「番犬!!邪魔すんなっつっただろ!」


俺の怒鳴り声に奴が面倒そうにこちらを向く。白いきぐるみの毛は赤黒く染まっているが、それが俺と違って全てただの返り血であるのが腹立たしい。そう、俺と違って…。


「君が油断なんかするからだよ、化け猫。」


じとりと奴の視線が俺の右肩に突き刺さる。そこから流れ落ちる赤い血は確かに猫のきぐるみを汚してはいたが、こんなのお前にとやかく言われる程のもんでもない。
しかしそう言い返せば「そんなんだから君は…」なんてまたむかつくことを言われるのは分かっているので、何も言わずに奴を睨むに留まった。
ああちくしょう。あの犬め。


「だいたい…!なんでお前が来るんだ。いっつもQ市に引き籠ってるくせに!」


災害レベル鬼の怪人はR市の外れで発生した。基本的にR市を担当している俺は勿論すぐに討伐に向かった。しかし怪人もその場でじっとしている程おとなしくはない。怪人は何を思ったのかR市の市街地には目もくれずお隣のQ市へ向かったのだ。怪人がQ市に辿り着く前に追いついた俺はそこで戦闘を開始した。
だからこの位置はR市とQ市の境の何もない荒野。つまりはQ市ではないというのに。


「僕の勝手でしょ。君が仕留め損なったらQ市に被害が出る。未然の対策をして何が悪いのさ。」

「んなことあるわけねぇだろ!ただの鬼だぞ!お前が加勢してなくたって俺は…」

「怪我したくせに。」

「うるさい!!」


心底腹の立つ。俺だってA級上位をキープしているヒーローだ。あのくらいの怪人が大したことがないというのは強がりじゃない。
ヒーローネームは…化け猫マン。まっ白なきぐるみを真っ赤に染めて戦うところから付いたらしいが、それも気に食わない。同じ理由であいつについたヒーローネームが番犬マンだからだ。
…ずるいだろう。そっちの方がまだかっこいい。化け猫とか怪人じゃないか、ほとんど。
しかもあいつはS級で、俺はA級。同期で、かつ同い年の俺達にここまでの差があるのは、Q市の怪人発生率の高さとR市の怪人発生率の低さが主な原因のような気がしてならない。


三年前、ヒーローになろうと言ってきたのは奴の方だ。
喧嘩が異常に強いだけであとは大した取り柄もない俺達は、就職活動もせずにどこからともなく沸いて出る怪人を二人で嬲り殺しにしては暇を潰す毎日を送っていた。そんな折、奴は言ってきたのだ。「ヒーローになろうよ」と。
ヒーロー協会ができたばかりの当時、ヒーローと言えばよくメディアに登場するイケメンアマイマスクくらいしか浮ばなかった。顔が良くなければ華のあるヒーローにはなれない。そう思っていた俺は言った。


  「俺もお前も地味な顔だし、ヒーローやっても華がねぇよ。」

  「うん知ってる。だからこれ着ようよ。」

 
差し出された猫のきぐるみ。奴はこれを着るんだと言ってその場で犬のきぐるみを着てみせた。
俺は爆笑した。大の男がきぐるみとは、その発想はなかった。なかなかインパクトのあるいでだちにじゃあ俺もと手渡された猫のきぐるみをその場で着た。
お互いの姿を見て、また爆笑した。基本無表情のあいつも珍しく笑っていて。実力もほとんど同等だった俺達に壁はなく、お互いの趣味や性格はまるで違ってもどこかで繋がっていられた。
……そんな昔の話、奴はもう覚えていないのかもしれない。
ヒーロー協会の命で、それぞれ別の市を担当することになった俺達はそれから会う機会もどんどん減っていった。大した災害レベルの怪人も出てこず、A級ランカー止まりで漫然と日々を送る俺と違って、番犬は災害レベル鬼の怪人を首を軽く引きちぎって仕留めたりとその実力が認められ一気にS級に昇格した。
俺はランクや知名度なんかに興味はない。俺はただ……


「ねえ、折角会ったんだし久しぶりに手合わせでもしようよ。」

「お互い血まみれの恰好でか?嫌だね。」

「…ふうん。残念。」


そんなもの、結果は見えている。強い怪人にたくさん巡り合って実力を磨けたお前と、ロクな怪人にも巡り合えず身体を鈍らせた今の俺とじゃ…。お前は分かってそんなこと言ってんのか。
俺はくるりと踵を返した。
もう、ここに用はない。きっとこの件は番犬の手柄にされて終わりだろう。
帰ろうとする俺の背に「ねえ」と再び番犬が声を掛けた。その声は意外にも近くから聞こえて驚いて振り返るが、奴の姿を捉える前に地面に叩き付けられていた。


「ほら。君はさ、油断しいなんだよ。」


何がほらだ。こちらを見下す番犬を、上体を起こして睨みつける。


「うるせえ、今のは引き下がっておいて殴りかかってくるお前が悪い。」

「僕の殺気、気付かなかっただけでしょ。鈍ってるんじゃない?君にはS級はまだ無理だよ。」


かっと身体中が熱くなるのを感じた。勢いよく立ち上がり、番犬の胸倉を掴み掛りそうになるのをどうにか抑える。
馬鹿。挑発に乗るな。こいつの思う壺じゃないか。
俺は沸点は高い方ではない。だがそれでもなけなしのプライドと理性で怒りを身の内に留めるくらいのことはできる。


「なんだ、キレて殴り掛ってくるかと思ったのに。」

「……躾のなってない犬とは違うんだよ…。」

「…そうだね。君は猫だもんね。」


うっせー馬鹿犬が。
小さく吐き棄てた俺はその犬の顔も見ずに再び背を向ける。まだ何か言いた気な奴を振り返ることはせず、今度こそ走り出した。

相容れない
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