企画 | ナノ



野生のポケモンには気を付けなさいと祖母から口を酸っぱくして何度も何度も言い聞かされて育った。当然耳にタコが出来る程言われていたから、今の今まで草むらなんかには入ったこともなかった。だからまさか自分にこんな日がやってこようとは夢にも思っていなかった。


あたしは今日ジョウトからやって来た従姉妹達と公園に来て遊んでいた。ベンチに座りながら従姉妹達がボールで遊んでいるのを確認しつつ持ってきていた本を開いて視線を落とした。幼い従姉妹達の笑い声を聞きながら時折彼女達へ視線をやって安全を確認する。そのうちボール遊びに飽きた彼女達は滑り台の下でおままごとを始めていた。綻ぶ頬をそのままにあたしはまた本へ目を向けた。その時今まで楽しそうにおままごとをしていた彼女達が叫び声を上げた。あたしは何事かとベンチから立ち上がり従姉妹達の元へ向かった。

「どうしたの?」

あたしが腰を下ろして問いかけると少女は涙目である方向を指差した。

「ボール、ボールが…」
「ボール?」
「ポケモンに取られた…」

指差す方に目を向けると確かに彼女達のボールを持っていくポケモンの姿があった。あたしは従姉妹達に向き直り優しく頭を撫でた。

「あたしが取ってくるよ。だから今日はお家に先に帰っててくれる?二人だけだと危ないから。」
「うん!」
「お家帰る!」

あたしは手を繋いで家へ帰るの少女達の後ろ姿を見送ってから先程のポケモンが向かった場所へ足を進めた。あのポケモンの後ろ姿からして多分サンドだろう。あたしは公園を抜けて、土に残る足跡をたどって草むらの手前までやって来た。青々としげる草を前にあたしは足を踏み出せずにいた。幼い頃から祖母に草むらだけには入るなと言われた教えがあたしを躊躇させる。けれど、あたしはあの小さな従姉妹達の泣きそうな顔を思い出して意を決して草むらに入った。出来るだけゆっくりと、ポケモンの姿が見えない場所を選んで進んだ。ドクドクといやに高鳴る胸を押さえてあたしは目を凝らした。

「あ…!」

草むらが不自然に揺れてる場所に目をやった時二人が持っていた黄色いボールが宙に浮いて動いているのを見つけた。よくみればサンドがボールを持ち上げて歩いているようだった。あたしは細心の注意を払って草むらを掻き分けてサンドの元へ向かった。

「…み、っけた!」

サンドの手からひょいとボールを奪えばサンドはキョロキョロと顔を動かして後ろにいたあたしを見つけてピョンと跳び跳ねた。なんだか可愛いな、なんて思っていたらいきなり砂をかけられた。噎せながら顔についた砂を払った。

「ちょっと…!」

可愛いからって調子に乗るなよ…!一回しばいてやる、とサンドを見やればそこにはサンドパンとその後ろに隠れるように二匹のサンドが此方の様子を伺っていた。何だ…これ。あたしは血の気が引くのを感じた。サンドパンの鋭い瞳と目があった。逃げなければ、と脳が警報を鳴らすけれど体は動かなかった。サンドパンが鋭利な爪を剥き出しに腕を振り上げた。咄嗟に目を瞑り次にくる衝撃に備え体を固くした。

「ピジョット、風起こし」

どこかで聞いたことのある声が聞こえた瞬間ものすごい突風が吹き荒れた。びっくりして目を開けるとあたしの前にグリーンと彼のよく育てられたピジョットが背を向けて立っていた。

「グ、グリーン」
「何やってんだ、なまえ」

呆れたように言ったグリーンはあたしに向き直り乱れた髪を直してくれた。

「お前なぁ、ポケモンも持たない奴が草むらに入るなんて自殺行為だぞ。」
「う…」
「今だって俺がいなかったら間違いなく切り裂かれてたぜ」

あたしは今更恐怖が押し寄せて来て泣きそうになった。だけど悔しいから絶対グリーンの前では泣かない、と唇を噛んで涙が溢れないように耐えた。

「な、泣くなって」
「まだ泣いてない!」

鼻をすするあたしの頭をピジョットが大きな羽で優しく撫でてくれた。見上げれば優しく微笑むように瞳を細めるピジョットと目があって堪えていた涙が一粒溢れた。あたしはグリーンに見られないようにピジョットに抱きついた。グリーンが呆れたように何か言っていたけれど今は聞こえないふりをした。

「で?」
「うん?」
「何で草むらにいたんだ」
「それはえっと…」

あたしは事の経緯をグリーンに話した。すると彼は再び呆れたように溜め息を吐いてあたしの頭をゴツン、とグーで軽く殴った。骨が当たって痛かった。

「そういう時は俺を呼べよな!」
「だってグリーン、ジム」
「ジムなんかどうでもいいっつの」
「え、ジムリーダー…」

そんなこと言っていいのか?と思ったけどグリーンは日頃からジムをサボってるみたいだからまぁいいか、と胸に留めておいた。
そういえば、さっきのサンドパン達はどうなったんだろう、と辺りを見回すと少し離れた所で残念そうに俯く二匹のサンドをサンドパンが宥めていた。ちくり、と胸に罪悪感という針が刺さるのを感じた。グリーンが帰るぞ、とあたしに呼び掛けるのを聞いた。従姉妹達が待ってるし、帰ろう。と言い聞かせたあたしだが向かった場所はグリーンとは反対の場所…つまりサンドパン達の元だった。

「は!?、おい、なまえ?!」
「ちょっと待ってて!」

あたしはグリーンに振り向く事なく言った。黄色いボールを持ってサンドパンの近くに行けばあたしに気付いた彼等は警戒心を剥き出しにあたしを睨み付けた。あたしはたじろいだが生唾を飲んで右手に持っていた黄色いボールを差し出した。

「あげる」

サンドパンはあたしとボールを交互に見たあと恐る恐る差し出したボールを掴みサンド達に渡した。サンド達は途端に嬉しそうに跳び跳ねた。

「じゃあね」

あたしが踵を返すとサンドパンが鳴いた。振り返るとあたしに向かってサンドパンが頭を下げ、サンド達が短い手をぶんぶんと振っていた。あたしも手を振り返してグリーンの待つ場所へ駆けた。

「グリーン!」
「なまえ、お前手持ちポケモンいねぇって自覚ねぇだろ?」
「何言ってんの、」

あたしにはグリーンがいるから大丈夫でしょ?と言えばグリーンはほんのりと赤くなった頬を隠すようにピジョットの背に跨がった。