企画 | ナノ


マフラーを首に巻いて家を出た。今日は寒い。外に出た瞬間に冷たく厳しい風が肌を刺して通りすぎていく。私は体を縮こめて赤く冷たくなった手に息を吹き掛けた。つと、空を見上げると雲が風に押されてぐんぐん流れて行っていた。私は前を向いて一つ息を吐いた。白く色を持ったそれは空気に溶けて見えなくなった。
寒いと歩く速さも自然と早くなるらしく、いつもなら十五分程かかる道のりも約十分で着いてしまった。スーパーの自動ドアをくぐり中に入ると温かい暖房が迎え入れてくれてほっ、と息を吐いた。私は首に巻いたマフラーを取り鞄に突っ込むと買い物カゴを手に野菜売場へ向かった。
今日は寒いからお鍋がいいかな、なんて考えながら白菜を見ていると後ろから聞き慣れた声が私の名前を呼んだ。振り返ると案の定頭に浮かんだその人が優しい笑みを浮かべて立っていた。

「マツバさん!」
「なまえちゃんもお買い物?」
「はい。」

僕もなんだ。と言ってふわりと笑ったマツバさんは紫のマフラーをゆらゆらと揺らして私の隣に来た。優しい微笑みを携えながら私のカゴの中を見た彼はう〜ん、と唸ってからあ、と思い付いたように明るい声を上げた。私が首を傾げるとマツバさんは得意気な顔をして言った。

「なまえちゃん、今日の晩御飯お鍋でしょ?」
「よくわかりましたね!」
「うん。僕もお鍋食べようと思ってたからね。」

ほら、と言ってマツバさんは手に提げていた買い物カゴを持ち上げた。確かに、マツバさんのカゴの中身は全く私と同じ物が入っていた。が、野菜や白滝に混じってお菓子も沢山入っていた。私はカゴに向けていた顔を上げマツバさんを見た。

「おやつ沢山食べるんですね。」
「うん。鍋に入れるんだ。」
「…え…?」

相変わらず微笑みを浮かべたままのマツバさんに私はそれ以上何も言わない、聞かないことにした。きっと闇鍋だろうと自己解決して引き吊った顔で笑い返した。それからマツバさんと一緒に食料品売場を回りお鍋の具材を選んで会計を済ませた私はマフラーを巻いて自動ドアをくぐった。途端に襲いかかった刺すような冷たい風にぶるりと身震いした。

「寒いいいい」
「寒いね…」

マツバさんはこれっぽっちも寒そうじゃなかった。だって彼は寒さから完全防備出来るような服装で私の隣を歩いていたのだから。私は恨めし顔で彼を見た。

「マツバさん全く寒そうに見えないですよ」
「顔が寒いんだよ。」
「顔は…仕方ないですよね…」

それ以外は手袋もマフラーも耳当てもしてまるで雪山にでも行くかのような恰好だ。私はマツバさんから自分の手に視線を移して、赤くなった手を擦り合わせてから息を吹き掛けた。

「わ。なまえちゃん手真っ赤だよ。」
「冬ですしね〜」
「女の子は冷やしちゃだめじゃないか!」

はい、と言ってマツバさんは着けていた手袋を取ると私に差し出した。私は暫し瞬きを二三してそれを見つめてから慌ててマツバさんの手を押し返した。

「い、いいですよ!!私はポケットに手入れときますから大丈夫です!」

私はマツバさんから隠すように赤くなった手をポケットの中に押し込んだ。

「だめだよ。冷えは女性の大敵でしょ?病気になっちゃうよ。」

ぐい、と突っ込んだ手を引っ張り出して私の手に手袋を強引に持たせたマツバさん。いつもはふわふわとしているのに、ここぞという時は強くて頼りになるジムリーダーの彼だがまさか案外頑固だったとは知らなかった。頑なに手袋を付けさせようとするマツバさんに結局私は折れてしまった。せっかくの好意を無下には出来ない。けれどマツバさんだって寒さから身を守るために手袋を着けてきたんだ。きっと寒いのは苦手なんだろうと思う。彼が貸してくれた右手の手袋を着けた私はもう片方のそれをマツバさんに差し出した。彼はきょとんとした顔で私と手袋を見た。

「マツバさんは左手に付けてください。」
「もう…なまえちゃんは強情だなぁ」
「それはお互い様です。」

そうだね、と言って困ったように笑うマツバさんは私から手袋を受け取ると左手にそれを着けてから、徐に私の左手を手袋の付けていない右手で握った。私よりも大きな手からじんわりと温もりが伝わる。

「これで寒くないよね」

マツバさんはにっこりと笑った。彼の不意打ちの行動に恥ずかしくなった私は顔を隠すように俯いてしまった。マツバさんは自然と手を握ったりするから狡いと思う。


冬の冷たい風は止むことなく吹き続けている。裸になった木々の間を通り抜けて落ちた枯葉をさらって行く。寒いね、とマツバさんが言うから熱いです、と言ったら彼は小さく笑った。

「なまえちゃん」
「何ですか?」
「お鍋一緒に食べない?」

マツバさんは瞳を細めて私を見た。灰色雲の隙間から太陽が顔を覗かせて彼の金の髪をキラキラと照らした。

「お菓子、入れないなら。」
「う〜ん。…仕方ないなぁ」

マツバさんは言葉とは反して嬉しそうに笑っていた。
思わず力が抜けた私ははっとして買い物袋を持ち直して緩む頬に力を入れた。今日は冬のくせにちょっとだけ熱く感じた。