企画 | ナノ



なまえは今頭を抱えていた。ポッポが気持ち良さそうによく晴れた空を縦横無尽に飛んで行く麗らかな朝だった。今にもどこかの少年が屋根に登ってラッパを吹き鳴らしそうな程清々しい朝だった。なまえはカーテンの隙間から差し込む光で目が覚めた。珍しく寝起きの悪い彼女が目覚め良く大きく伸びをしてベッドから出た。そして部屋に差し込む光を浴びようとカーテンを引いた時絶叫が木霊した。


「朝から良いものが見れたよ。」
「…何なのあんた、本当に何なの。」

目の前の男をげんなりとした様子で見るなまえは今朝の清々しさを微塵も感じさせない位に疲弊しているように見えた。
朝、心に新緑の葉を揺らす風が吹き抜けた気分でカーテンを開けたなまえが見たものはパートナーのカイリューの背に乗り喜色満面の笑みを浮かべて硝子窓越しに手を振るワタルの顔面だった。絶叫を上げて光の速さでカーテンを閉めたなまえは早鐘を打つ心臓を押さえて呼吸を整えた。寝起きからものの三分も経たぬうちにどっと疲れてしまった彼女はそのままカーテンを開けずにもう一度寝ようとしたのだが、布団に潜り込もうとした途端に窓ガラスが吹っ飛びはためくカーテンの間から顔を覗かせたワタルが白々しい程良い笑顔で「おはようなまえちゃん。開いてたからお邪魔するね」と言って堂々と不法侵入して冒頭に戻るのだった。

「何しに来たわけ」
「なまえちゃんを見に」
「もう見たね。はい、帰れ」
「つれないなあ〜」

なまえに窓まで押しやられたワタルはしかし笑顔を崩さぬままだった。ガラスが割られ吹き抜けになり本来の役目を失った窓の向こうでカイリューが玩具のラッパを鳴らしている。ワタルは窓枠に足を掛け上半身を捻らし自身を部屋から追い出そうと力の限り背中を押すなまえを見た。

「なまえちゃん僕が来て本当は嬉しかったくせに」
「全く断固としてあり得ない。いい迷惑だね」
「照れてるんだ?大丈夫…言われなくても心は通じてる…。以心伝心だね」
「……」

誰か…!!!誰か助けて…!なまえは心の底から叫んだ。

「今日は帰るけど寂しがらなくていいよ。また来るから」
「寂しくないしまた来るな」
「照れ屋だね」
「照れてないってば」
「何度だって僕と君を隔てる窓を破って君に会いにくるから、ね」
「頼むから普通に玄関から来てくれ」
「……へぇ、」

突然ワタルの声色が変わったことになまえは眉をしかめ彼を見上げた。その瞬間彼女の背中を嫌な汗が伝った。彼女の目に映るしてやったりと不敵に笑むワタルになまえは悪い予感しかしなかった。

「な、に」

彼女はゴクリと唾を飲み込んだ。

「玄関からなら来てもいいんだね」
「……は…!?」
「明日からは玄関からなまえちゃんのご両親にご挨拶をしてから君に会いに来ることにするよ」

ワタルは一方的に言うだけ言うとラッパで遊ぶカイリューの背に飛び乗った。また明日、と言って嬉々とした表情でこちらを見下ろし飛び立つワタル。そんな彼を唖然と見ていたなまえは、はっとして手近にあった目覚まし時計を手に掴みワタルの後頭部に投げつけた。見事命中しカイリューの背から落下したワタルを見下ろしたまま彼女は窓枠へ顎をしゃくった。

「弁償」

その時ワタルは阿修羅が見えた。