短編 | ナノ




カビゴンを捕まえた日から頻繁に俺の元へ押し掛けるようになったななしは、数ヶ月前まで部屋で引きこもっていたのかと疑う程元気になった、と思う。元々性格は明るかったしな、と思い返しながら挑戦者のいないジムの中で俺にカビゴンを出してくれと懇願するななしの額を人差し指で弾いた。額を押さえ込み般若のような顔で睨みつけてくるななしを見てると胸の奥が擽ったくなる。
「…な、何にやけてるの。気持ち悪い。」
顔を歪ませ言葉通り気持ち悪いものを見るような目を向けるななし。俺は心にダメージを負った。
「お前なぁ、もう少し言葉選べよ。俺だって傷つくんだぜ。」
深いため息を吐いてななしから顔が見えないように俯いた。少しは狼狽えればいいのに、と思った俺の願望を一蹴するように、すまん。と言ったななしの言葉は棒読みだった。俺の心は大雨だ。
「謝ったからカビゴン出してよ。」
ななしの瞳は至って真剣だ。きっと出すまで帰らないだろう。挑戦者もいない暇を持て余した俺からしたら、帰らなくても構わないのだがななしの要求を素直に聞くのも癪だ。どうしたものか。
「グリーン?」
ななしは自分の方を見ながら動かない俺を不審に思ったのか眉を顰めている。どうにかしてこの表情を崩してやりたい、なんて俺も昔から変わっていない。俺は見えないように小さく笑った。
「出してやってもいいけど。」
ななしは瞳を輝かせた。
「一つだけ条件がある。」
「…え、」
途端にななしの表情が凍りついたのを見て吹き出しそうになったが、俺は笑いを堪えて続けた。
「お前の好きな奴言ったら、出してやるよ。」
「グリーンって本当女々しいよね。あ、女子っぽいってことだよ。」
「お前は俺に対して言葉の暴力が酷いな。」
で、どうするんだ?と促せばななしは暫く難しい顔で考え込んだ。いつもは俺が振り回されているせいか、自分がななしを困らせている状況は楽しいと感じる。自然と緩む口角を隠せずにななしを見ていると、考えが纏まったのかななしの綺麗な瞳が俺を捉えて、思わず心臓が小さく音を立てた。
「いいよ、教える。」
すぅ、と息を吸い込んだななしがゆっくりとその名前を紡いだとき、俺は頭が真っ白になった。