短編 | ナノ






「あ、グリーン」
人の家の人のベッドの上でごろごろと寛ぎながら雑誌を読んでいたななしが思い出したように声を上げた。俺は机に広げた書類に目を通しながら適当に返事を返した。パラ、と雑誌を捲る音が後ろから聞こえた。
「グリーンさ、一人ハロウィンパーティーやってたことあったよね」
「………ねぇよ。」
いや、ある。あれは俺がまだ旅に出る前のことだ。姉ちゃんがハロウィンパーティーをやろうと言い出して俺もそれに参加した。が、当日姉ちゃんは彼氏と遊びに行ってしまいハロウィン仕様の家の中に俺がただ一人ポツンと残ってしまった苦い記憶だ。偶然にも遊びに来たななしにそんな惨めな姿を見られてしまい無言で憐れみの目を向けられた。あれは俺にとって思い出したくもない記憶だ。それなのにコイツはいつもそうだ。俺の傷を抉るような発言を平気でしやがる、しかも天然で。
「あるよ!忘れたの?グリーン一人でマント着けて黒いトンガリ帽子被って変なステッキ持ってたじゃない!」
「おま…っ、頼むからそれ以上俺の傷を抉るな…」
俺だって人間だ。忘れたい過去の1つや2つ位ある。
後ろでななしが起き上がる気配がした。バサ、と雑誌を置きなおし俺の背に呼びかける。渋々書類から目を離し振り向けば目をキラキラさせたななしが雑誌を指差して言う。
「ハロウィンパーティーしたいね!!」
雑誌には楽しそうにお菓子やらケーキやらを食べる男女が載っていた。俺は暫く間を空けてななし見て口を開いた。
「却下、だ。」
明るい笑顔を浮かべていた彼女の瞳に影が落ち、次の瞬間には慰めるような穏やかな笑みが浮かんでいた。
「大丈夫。大丈夫だよグリーン。次は一人ハロウィンじゃないから。」
ね?と、まるで小さな子供を諭すように優しくゆっくりと言うななし。俺はこめかみに青筋が浮かぶのを感じた。
「そうじゃない。俺は、忙しいんだ!」
そう一句一句切って強く言えば流石のななしも言葉に詰まったようで悔しそうに唇を噛みしめた。勝った…!俺は緩む口元に力を入れて机に向き直った。正直俺はハロウィンという言葉を聞くだけで虫酸が走るほどにハロウィンが嫌いだった。それはもうトラウマの域に達するほどにだ。
気味が悪い位に大人しくなったななしを不審に思ったが俺は気にすることなく溜まりに溜まった書類に目を通すことに徹した。暫くして、今まで無言だったななしが小さく呟いた。
「レッド…楽しみにしてたよ」
まだハロウィンのことを言っていたのかと内心溜め息を吐いた。
「あいつが?ないない。今頃山に籠ってピカチュウと戯れてるだろ。」
脳裏に雪山に半袖で居座るちょっと変わった幼なじみが浮かんだ。
「レッド帰って来てるよ、今。」
「へぇ…」
「皆でハロウィンパーティーしようって誘ったから。」
「だから、俺はハロウィンパーティーなんか」
俺の言葉の途中で突然ガチャ、と部屋のドアが開けられた。姉ちゃんか?とそちらに目を向けて俺は後悔した。今見てはいけないものを見てしまった。一瞬これは幻覚かと自分を疑った。

「………レッ、ド……」

黒いマントを羽織って黒いトンガリ帽子を被りおまけに星の装飾が施された変なステッキを持ったレッドがさも当然のようにそこに立っていた。