短編 | ナノ


締め切られたカーテンを開けて久々に浴びる陽の光に目を細め、ある時ふと、思ったのだ。このままではいけない。私は部屋から勢いよく飛び出した。

「おっす、グリーン!」
野太い声で挨拶して来た幼馴染みのななしは額に絶対合格とへろへろの文字で書かれたハチマキを巻きつけ格闘家の格好で俺の前に現れた。久し振りに姿を見たな、と思ったと同時にその姿に何処から突っ込めばいいのかわからず途方に暮れた。
「どうした少年、手も足もでないのか!」
何故か勝ち誇った顔で高らかに言われたので空手チョップをお見舞いしてやった。じわりと目尻に涙を浮かべたけれど表情だけは崩さない強情さに感服した。
「引きこもりが漸く出てきたと思ったら何だその格好は。」
俺は深い溜息を吐いた。
「自分を変えたくて、夏」
「もう冬だっつの」
ななしはぽん、と手の平を叩いた。
「なるほど、寒いわけだ。」
気付くのおせーよ、家出た瞬間気付くだろ。お前の感覚どうなってんだ。次から次へと言葉が溢れてきたが、俺の目の前で今更寒い寒い、と唇を紫にしてガタガタと歯を揺らすななしを見て、そんな言葉達を溜息と共に吐き出した。視界の端で白い息が空気に溶けた。
「ん。」
俺は来ていた上着を道場着のななしの肩に掛けた。ぱちくりと大きな瞳が俺を見上げている。黙っていれば可愛いのに勿体無いと思う。
「ありがとよ!少年!」
どこから出してんだその野太い声は。俺は少しでも可愛いと思ってしまった自分を叱咤した。
「あ。」
ななしが何かに気付いたように声を上げた。目だけで見下ろすと俺の上着に顔を擦り寄せたななしが真顔で言った。
「グリーンの匂いがする。」
「あ、たりまえだろ。」
らしくもなく動揺してしまった。こういう仕草をされるとななしもちゃんと女の子なんだなと実感させられる。
「まぁ、暫く貸しててやるよ。」
俺は少し照れた顔を見られたくなくてななしから顔を逸らした。
視線だけチラッと向けると、ななしは驚いたように俺の顔を見つめて笑顔で言った。
「ありがとう!グリーンってトイレの芳香剤みたいな香りがするね!」
俺は上着を剥ぎ取った。