短編 | ナノ


「星野熱、何度あるの?」
肩に掛けていた鞄をカーペットの上に下ろすと、ベッドに腰掛けた星野を振り返った。彼は少し考えるそぶりを見せてから、あ。と声を上げた。罰が悪そうな表情を浮かべる彼を瞳に映しながら、目を何度か瞬きさせていると、星野は苦笑いを浮かべながらまだ熱を測っていないことを言いにくそうに告げた。
「面倒だからって計らなかったんじゃないの〜?」
私は溜め息を吐いて、薬箱の場所を聞くとリビングに向った。目当ての棚の引き出しを開けると、整然と収まる薬品の中から体温計を取り出し星野の居る部屋へと戻った。私が体温計を片手に持ち部屋に入ると星野はへらりと笑った。
「はい。ちゃんと脇に差してよ。」
「りょーかい。」
星野は私から体温計を受け取ると、ケースから本体を取り出して手を持ち上げた。しかし、何かを思いついたのか私の名前を呼ぶとニヤリと悪戯に笑うと額を指差した。
眉を寄せる私に星野は楽し気に言った。
「おでこで計ってくれてもいいんだけど。」
「熱で頭沸いちゃったのかな?」
「ひどいな。俺病人だぜ?」
「頭の?」
私が笑うと星野は引き攣った笑みを浮かべながら黙って体温計を脇に差し込んだ。彼が大人しく体温を計る様子を横目にみつつ私は部屋を見渡した。ベランダの出入り口近くに洗濯し、部屋に取り込まれた服が畳まれずにソファの上に綺麗に積み重ねてある。テーブルの上には音楽雑誌が数冊無造作に置かれている。私は隣で体温計を覗き見る星野に視線を移した。
「ご飯、まだ食べてないの?」
「え?あぁ…そういやまだ食ってなかったな。」
思い出したら腹減ったとかなんとか言い出した星野は私を見上げ期待を込めた眼差しでじっと見つめている。
私は本日何度目かのため息を吐いた。