短編 | ナノ





空は生憎の曇り模様。私は本日何度目かわからないため息を吐いて歩みを早めた。肩に掛けた鞄を持ち直しコンクリートを蹴った時昼間に降って小さな溝に溜まっていた雨水が跳ねた。

高層マンションの自動ドアをくぐりオートロックのボタンの前で立ち止まり少しだけ上がった息を整え、乱れた髪を手櫛である程度整えてから目的の番号を押して呼び出し音を鳴らした。インターホンの音が広い入口に響く。私は小さく息をつくと視線を足下に落とした。
「はい。」
三度目にして待ち望んだ声が聞こえて勢い良く顔を上げ、条件反射のように口を開いた。
「あ、っと…同じクラスのみょうじですけども。」
私は心の中で項垂れた。人様のお宅に伺う時はどんなに仲が良くても、子供の頃からの癖でどうしてもよそよそしくなってしまうのだ。案の定人の家を訪れた時の他人行儀な常套句を口にした私にインターホンの向こう側から吹き出した声が届いた。
「何改まってんの。ん、鍵開けたから上がって来て。」
「りょーかい」
ロックが解除されエントランスへ続く自動ドアが開いた。白い煉瓦がランダムに凹凸する壁に囲まれ、白に少し黄土色や茶色が混ざったような大理石の床を踏みエレベーターに乗り込んだ。どんどん上昇するエレベーターの中でまた鞄を持ち直した。
暫くして止まったエレベーターのドアが開き彼の部屋の前まで来ると、インターホンを鳴らすよりも早くガチャ、とドアが開いた。
「お待ちしてました。」
執事然として腰を折り頭を下げた彼は悪戯っ子の様に片目を閉じて笑った。
「星野…。病人が何してんのよ。」
半ば呆れたような口調でぺし、と頭を叩くと口を膨らませて抗議を声を挙げた。
「なんだよ〜こっちはななしが来るのすげー待ってたのに…。久しぶりに会えて嬉しくないのかよ?」
「女子みたいなこと言ってないで、早く布団に戻んなさいよー。」
後ろ手でドアを閉め鍵を掛けると靴を揃えて脱ぎ、星野の後を追った。
まだ少ししょんぼりした彼の背に向かって声をかけると、唇を尖らせたまま振り向いたので苦笑いを浮かべながら鞄から新作ゲームを取り出して見せると瞬く間に、彼は晴れた空の太陽のような笑顔で瞳を輝かた。