短編 | ナノ





「助けて〜」
そう力なく叫び続けてどれくらいの時間が経ったのだろう。あたしは草むらをゲンガーと歩いていた時足を滑らせて沼地に落っこちてしまった。ゲンガーに助けを求めたが奴は不謹慎にも笑っていやがった。顔が常に笑っているせいもあるがあれは明らかにあたしを嘲笑っていた。ように見えた。奴はあたしを見捨てて消えた。あんまりにも呆気ない友情の終わりだった。ていうか、ゲンガー…あたしの事嫌ってたんだ…。あたしは先程までにやけ顔のあいつが立っていた場所を呆然と見つめていた。胸が痛くて泣いてしまいそうだったあたしの側に何やら水色の物体が慰めるように寄り添った。
「ヌオー…」
ヌオーは何も言わずじっとあたしの隣に寄り添った。そんなヌオーの優しさにじんわりと胸が温かくなって余計に泣けてきた。
「あんたは優しいね、」
相変わらずヌオーは何も言わなかった。そういえば無口で優しいところはレッドに似ているかもしれない。あたしはヌオーを見た。
…外見は、流石に似てはいなかった。
「誰か〜助けて〜」
そのうち短パン小僧やら釣り人が通りすがるだろうなんて思っていたのが甘かった。人っ子一人通りすがらない。まず人の気配がしない。あたしはこのままヌオーの隣でオブジェの様に固まってそして餓死してしまうんだ…
「………いやっ!!誰か助けて!本当助けて!ていうかヌオー助けてよ!寄り添ってる場合じゃないんだけど!!」
あたしは泥に沈み重たくなった体を必死に動かした。それがいけなかったのだろう、余計に体が沈みはじめた。
「…っ、」
じわりと涙が浮かんだ。隣のヌオーは微動だにしない。人は通らない。ゲンガーには見捨てられた。今日は厄日だ、そして命日になる確率が高い。どうせなら最後にレッドに会いたかった。レッドに会ってシロガネ山で一緒にブートキャンプをしたかった。


「ななし」
「……え、幻聴?」
「何してるの」
「レッド?!これは夢か!?何でお籠り中のレッドが目の前に…!」
レッドは少し呆れた様子でボールからリザードンを出すとあたしを引っ張るように命じた。




「ゲンガァァアアアア!」
あたしは力一杯ゲンガーを抱き締めた。
レッドが話してくれた。あたしのゲンガーが血相変えてシロガネ山にレッドを呼びに来たのだと。あたしは心底ゲンガーに謝罪した。ごめん、嘲笑ってたとか見捨てやがったとか思ってごめん。本当にごめん。今はゲンガーのにやけ顔も愛しく思えた。
「…何で落ちたの」
「単純に、よそ見してたら落ちた。ただそれだけ。」
レッドは浅く息を吐いた。
あれ、もしかして溜め息吐かれた?
「それで、何処に行くの?」
「えっと…ヒワダタウンかな。」
そう言えば突然レッドがあたしの手を引き歩き出した。あまりにもいきなりな出来事にあたしは戸惑い、レッドの背中に声を掛けた。
「レレ、レッド…!」
「…何?」
「シロガネ山に戻らなくていいの?」
レッドはピタリと足を止めて振り返った。唐突に歩みを止めるものだから勢い余ったあたしはレッドにぶつかってしまった。鼻が地味に痛かった。
「………俺も行く」
「え…ええと…ヒワダタウンに?何か用事あるの?」
「…………」
レッドは長い沈黙の後深い溜め息を吐いた。今度は明らかに溜め息です、っていう溜め息だった。ちょっと傷ついた。
「…行くよ」
「う、うん」
何だか腑に落ちないけれど、あたしはそれ以上何も言わずにレッドの隣を歩いた。きっとレッドはボールでも作りに行くんだろう、そう思うことにした。
ゲンガーはいつものにやけ顔で繋がれたままの手を見ていた。