短編 | ナノ




気の良いおじさんにいい釣竿をもらったから早速その辺の川で釣りをしてみた。あたしの横でオオタチが水面に映る自分の顔を眺めている。時折ちょん、と水に前足を着け波紋で揺らぐ自身の姿をビクビクしながら見ていた。なかなか、大物は釣れない。先程から釣れるのは殆どニョロモ、たまにウパー。こう、もっと強い水ポケモンは釣れないものかね。段々眠たくなってきた。動かないあたしを木と間違えたポッポが頭に止まった。こら、あたしは木じゃないぞ。退こうとしないポッポに最初から関心がなかったあたしはまぁいいか、とそのまま頭に乗せておくことにした。
「あれ?」
「………」
「やっぱり!ななしちゃん!」
「!おお!その声はコトネちゃん!」
視界の端でコトネちゃんが手を大きく振りながらマリルを連れて此方に歩いてくるのを捉えた。相変わらず某ゲームの良い歳したおっさんが被っているような巨大なきのこ帽子が似合っている。コトネちゃんはあたしが彼女の帽子に釘付けになっているのと同様にあたしの頭に居座るポッポに釘付けになっていた。
「そのポッポは?」
「ファッション」
「マリル、水鉄砲」
マリルの水鉄砲をもろに食らったポッポはよろよろと飛び去って行った。頭が軽くなったけれど少し寂しく感じた。あの程好い重みと温もりが恋しい。
「釣りしてるの?」
「うん、なかなか大物が釣れなくてね〜」
そうなんだ〜、と言いながらコトネちゃんは、ずっと水面に映る自分を眺めている今しがたナルシストと判明したあたしのオオタチを持ち上げて遊び始めた。オオタチはコトネちゃんの腕の中でもがいていた。
「あ〜あ、もう釣り飽きたなぁ…」
いい加減やめよう、そう思った時だった。物凄い勢いで竿が引っ張られた。危うく自分まで川に引き摺られそうになった。慌ててコトネちゃんを呼んで一緒に引っ張ってもらった。
「これは大物ね!」
コトネちゃんはキラキラと目を輝かせて言った。
「絶対ニョロボン、絶対ニョロボン」
あたしの眼光はガンを狩る大造じいさん並に鋭かった。そんなあたしの耳に「ニョロボンは釣れないよ」なんていうコトネちゃんの言葉は届かなかった。
二人一緒に渾身の力を込めて釣竿を引っ張った時、川から上がった獲物が空中に舞いキラキラと水しぶきが上がった。わぁ、と歓声を上げたコトネちゃんは先端にぶら下がっているものを捉えて言葉を失った。地面に着地したそれはピクピクと小刻みに動いてはいたが意識はなさそうだった。オオタチがこの世の終わりのような悲鳴を上げた。青い空の下、あたしとコトネちゃんは微動だにせずそれを見つめていた。
「……………ヒビキ、君」
小さく呟いたコトネちゃんの声は風に攫われていった。
釣れた獲物がポケモン図鑑に載ることはなかった。