短編 | ナノ





朝から鬱々とした気分でななしは普段よりも格段に遅く重い足取りで学校に向かった。今日は一限目から嫌いな体育の授業だ。しかも何故かドッヂボールときた。いっそ学校が爆発してくれればいいのに、と昨日の放課後から今もずっと切に願っていたが学校は爆発するどころか美化委員の丁寧な清掃のおかげで廊下が光を反射して艶々と光っていた。ななしは眩しさに目を細め眉を寄せた。

「よぉ!何突っ立ってんだななし?」

背後から聞き慣れた声が聞こえて振り返れば不思議そうな顔をしたグリーンが後に女子を引き連れてななしを見下ろしていた。ななしはあからさまに嫌な顔を浮かべて長く深い溜め息を吐いた。本当に今日は朝からろくな事がないな、とななしは肩を落とした。そんな彼女の心境を知ってか知らずかグリーンが何やら思い当たったようににやりと笑って「お前、あれだろ」と話だした。

「一限目が体育だからテンション低いんだろ?」
「…そうだよ。」

序でに言うと朝一からグリーンとその取り巻きを見てしまった事もななしの憂鬱とした気分を更に増加させた。グリーンの背後から殺気が飛んでいるのをななしは肌で感じた。早く去ろうと足早に教室に向かうななしの後でグリーンが何か言っていたが彼女には届かなかった。
短いホームルームを終えたななしは重い足を引きずり体操服に着替えて友人のコトネと共にグラウンドに出た。白線でドッヂボールのコートが書かれているのを見た瞬間ななしは逃げ出したい気分に陥った。けれど仮病を使う気にもなれず結局ななしは白線の中に入っていた。せめて外野になれれば当分ボールに当たる恐怖から逃れられたのだが、残念ながらじゃんけんに負けてしまった。ななしは校舎の真ん中にある大時計を見上げた。授業終了までまだ四十五分もある。ななしは早くチャイムが鳴ることだけを願った。

「ビビってんのか」

ななしと同じチームになったグリーンがにやにやと嫌な笑顔を浮かべて言った。彼女は眉間に皺を寄せてグリーンを見た。

「当たったら痛いもん。ドッヂボール嫌い。」
「ふぅん…」
「…何?」

ななしはその大きな目をグリーンに向けた。グリーンは不自然に顔を逸らすと小さな声でブツブツと何か呟いた。

「グリーン?何言ってんの?」

全く聞こえない上にいつも自信に満ちている彼が挙動不審になっている事にななしは若干の恐怖にも似た感情を抱いた。周りの女子はそんなグリーンの様子には気がついていないのだから恋する乙女はなんとやらは凄いな、とななしは改めて感心した。

「だ…っ、だから、おおお俺がお前をまもまもも守ってやらねぇこともない、ずぅええ」
「グリーン?!!」

何か呟いていたグリーンは真っ先に相手チームにいたレッドに顔面にボールをぶつけられていた。一瞬、静寂と妙な緊張感に場が固まった。

「だ、大丈夫?」
「…………」

俯いて表情のわからないグリーンにレッドが静かに言った。

「……顔面セーフ」

確かにセーフなのだが、グリーンの心はセーフどころではなかった。完全にアウトだった。それに気付かないレッド以外のななしを含むクラスメートが口々に「顔面セーフだから大丈夫だよ」とグリーンを励まそうと声を掛けたが反って彼の心の傷を大きくしたことなんてこの中で一体誰が知るのだろうか。グリーンは消えてしまいたい、と切実に思った。