短編 | ナノ





「彼女にはならないよ。」
「勝ったのに…」
「そうだよね。ヒビキ君頑張ったのに酷いねななしちゃんは。」
「ワタルは黙ってろ」
「呼び捨て…」

ヒビキが一方的にワタルさんに勝ったら私を彼女にするとか気違いな事を言い出したのは一月前のこと。ヒビキは明言通りワタルさんに勝った、らしい。けれど私は一言も彼女になることを肯定していないのに、何故この二人にヒビキのピュアなハートを利用して騙しましたみたいな事を言われなければならないんだろうか。心外だ。

「ていうか、ワタルてめぇ手抜いただろ」
「ななしさんキャラ違う…」
「手なんか抜いてないよ。本気で戦って負けたんだ。」
「……ヒビキ、ワタルの手持ちポケモンは何体だった?」

ええと、とヒビキが記憶を辿り「確か、カイリュー一体だった気が」と呟いたのを聞いたあたしは鋭い目でワタルを睨んだ。

「ワタルゥウアア!!一体だと…?!明らかに手抜きしてるじゃない!!」
「楽しそうだったからね。」

サラリと悪びれる様子もなく言ってのけた奴にふつふつと殺意が沸き上がる。ふつふつどころじゃない。グツグツぶくぶくマグマのように煮えたぎっている。

「ななしさん、」

おずおずとヒビキがあたしの名前を読んだからワタルさんに向けていた目をヒビキに移した。ヒビキは眉をハの字に下げていた。

「何?ヒビキ」
「彼女になるって話は」
「絶対ない」
「酷いね〜本当に酷い女だね〜」
「貴様は黙れ」

この状況を至極楽しそうに煽るワタルさんの息の根を今すぐに止めてしまいたい。サンダースがあたしの服を引っ張っていなければ間違いなくあたしはワタルさんに襲いかかるだろう。

「ななしちゃん」
「…………何」
「ヒビキ君はね、君と離れたくないだけなんだ。わかってあげなよ」
「だからって彼女は無理」
「そうだね。じゃあさ」

こうしない?と言ったワタルさんの顔は何か楽しいことを思い付いたような嫌な笑顔だった。嫌な予感がする。というか嫌な予感しかしなかった。そしてそれはやっぱり命中する。

「彼女じゃなくてお母さんになったらいいんじゃないか?」

どうだい?ヒビキ君。とにこやかに胡散臭い微笑みでヒビキに笑いかけるワタルさん。ヒビキもヒビキで何やら納得したように目を輝かせていた。

「カントーに旅立つヒビキ君のお母さん代わりにななしちゃんがなればいいんだ」
「ななしさん!!」

いいですよね!と言わんばかりに期待に満ちた瞳をあたしに向けるヒビキ。

「だから!彼女にもましてお母さんにもならないってば!!」

いつになったらこのサイクルから抜け出せるんだろう。今なら面倒なジムリーダー代理も手放しで喜んでやってやるのに。
暫くはまたヒビキと旅をするんだろう。
安易に浮かぶ未来にあたしは肩を落とした。