短編 | ナノ





木登りなんかしたことなかったあたしが今何で木の上にいるかというと、野生のエイパムにコトネちゃんとお揃いの帽子を盗られたからだ。ヒビキの制止の声も聞かずに木の上からこちらを見下して笑うエイパムを取っ捕まえて拳骨をくらわしてやろうと闘志を燃やした結果が木登りに繋がった。ヒビキが危ないから降りてこいと下から叫んでいるのを流しながらあたしは漸く追い詰めたエイパムと対峙していた。じりじりと詰め寄るとエイパムは少し怯えたように体を震わせた。

「その帽子を返しな」

ヤグサのようにドスの効いた声が出た。今なら暴走族達も視線で殺せると思った。距離を詰めて手を伸ばし、目で帽子を返せと訴えるとエイパムは観念したように頭から被っていた帽子を両手に掴むとおずおずと差し出した。何だ、結構物分かりいいんじゃん。そう思って僅かに笑みを浮かべた時跨がっていた枝が嫌な音を立てた。まさか、と思った刹那体が地上へ急降下した。晴れ渡る青い空を背に憎らし気な笑顔でピョンピョンと身軽に跳び跳ねてあたしを見下ろすエイパムが見えた。

「クソパムーーッ!!」

叫ぶあたしはそのまま落下し下にいたヒビキの上に着地した。ヒビキからカエルが潰れたような声が上がるのを聞きながらあたしはいやらしい笑みを浮かべて此方を見下ろすエイパムを睨み付けた。

「ななし、重い」
「ヒビキ失礼!!」

あたしがヒビキの背中から退くと彼は軽く咳き込みながら服に着いた雑草を払って起き上がった。

「くっそー、あのバカ猿。帽子返せよー!!!」
「うわああ!ちょ、待って!!」

ヒビキのヒノアラシを掴んでエイパムへ投げつけようとしたらヒビキに全力で止められたから仕方なく地面に下ろした。ヒノアラシは安堵の息を吐いてヒビキの足下に移動した。
エイパムに殺気を送るあたしの隣でヒビキが小さく息を吐いて言った。

「僕が取ってくるから、ななしは大人しく待ってて。」
「え?」

眉を寄せるあたしにヒビキは大丈夫大丈夫、と笑うとエイパムのいる木に身軽によじ登っていった。忘れかけてたけどヒビキは運動神経がかなり良い。あっと言う間にエイパムの元まで辿り着いたヒビキは器用に太い枝の上を歩いてエイパムの前で腰を落とした。あたしとヒノアラシはそんな猿も顔負けな軽業を見せ付けるヒビキを見て感嘆の声を上げた。

「帽子、返してくれないかな?」
ヒビキが優しく笑顔を浮かべてエイパムに手を差し出した。そんな優しく言ったって無駄だと思っていたあたしの予想に反してエイパムは素直に帽子をヒビキに手渡した。

「えええ?!!」

驚愕に思わず声を上げたあたしの元にヒビキが枝からそのままジャンプして軽い着地音と共に降りて来た。

「はい、帽子。」
「あ…りがと…」
「どういたしまして。」

不覚にもときめいてしまったあたしは次の瞬間ヒビキの背中にしがみついている頬を染めたエイパムを見た。