短編 | ナノ





チョウジタウンにやって来たあたしとヒビキは今ジム戦を終えてポケモンセンターへ向かって歩いている。つい最近までマグマラシだったのにヒビキの隣を歩くのは進化してそれはもう強くなったバクフーンだった。以前のようにサンダースとじゃれあおうとするバクフーンだけれど自分よりも大きくなった彼を見てサンダースは己の身の危険を感じてか攻撃体勢に入るようになった。ミサイルばりを食らわされているバクフーンを見ていると切なくなる。

ポケモンセンターで、ジム戦ではなく主にサンダースから受けたダメージを回復したバクフーンを連れてあたしとヒビキはチョウジタウン名物のいかりまんじゅうを買いにお土産屋さんに立ち寄っていた。会計をして店を出た時あたしの目に嫌でも記憶に残るマントを付けた見覚えのある青年の後ろ姿が飛び込んで来て一歩後退った。このまま店に隠れていようとしたあたしにヒビキが声を掛けたことで、あたしの思惑は脆くも崩れ去った。距離が離れていたというのに奴は地獄耳なのかヒビキの声を聞いた瞬間振り返り、目敏く店の前で固まるあたしを見つけて競歩のような速度でこちらに向かって来た。

「ななしちゃん!」
「いえ人違いです。」
「何言ってるの。こんな如何にも面倒くさがりですって顔をした子なんて君しかいないじゃないか。」
「ケンカ売ってんのか。」

あたしが睨むと青年、基ワタルさんはくすくすと笑った。ふん、と鼻を鳴らしてワタルさんから目を逸らして地面に視線を落とした。足元でサンダースが嫌そうな顔をしている。ヒビキから視線を注がれているのを背中で感じながらあたしはじっと地面を見つめていた。

「タケシ君から聞いたよ。ジムリーダーの代理を蹴って姿を消したって。」

ななしちゃんらしいね。なんて言って笑い声を上げたワタルさんに内心で毒づいた。

「タケシ君困ってたよ。」
「知りませんよ、そんなの。」

だってタケシが悪い。あたしは自由を謳歌したいんだ。代理だとしてもジムリーダーなんて責任重大なもの背負う気になれない。

「グリーン君も心配してたよ。今頃何処かで野垂れ死んでるんじゃないかって。」
「それ心配してるんですかね本当に」
「さぁ。笑ってたよ」
「…………」

わかってたけど全然微塵も心配等していないじゃないか。あたしは大きなため息を吐いた。ワタルさんは相変わらず何を考えているのか解らない笑顔を顔面に張り付けてあたしを見ている。あたしはワタルさんのこの笑顔が大嫌いだ。ヒビキのように解りやすく感情を顔に出してくれればこんなにも不快にならい…と思う。多分。ちら、とヒビキを見れば立ったまま寝ていた。何とも言えない心境になった。

「ん?ななしちゃん、睫毛付いてるよ」
「付けてるんですよ」
「目に入ったら痛いよ。取ってあげるから目、閉じて」

険しい顔でワタルさんを見ていたけれど、ほら早くと言って無理矢理瞼を閉ざそうとするので渋々瞳を閉じた。睫毛なんて歩いてる内に勝手に取れるのに、彼は変なところで細かい。

「もういいですかー?」

目を瞑ったまま言ってみたが返事はなかった。暫く待ってみたものの声がかかる様子はなく、痺れを切らしたあたしはワタルさんの返事を待たずに目を開けた。

「………………」

今、あたしは目を開けたことを猛烈に後悔している。見てはいけないものをみてしまった、と頭が叫んでいる。

「ヒビキ……何してんの」

どうしてワタルさんと熱い接吻を交わしているのヒビキ。一体何があったの、誰か教えて。いつからヒビキは男を好きになるようになったの?つい数ヶ月前まで舞子さんの後を追いかけていっていたというのに。これは夢なの?

漸く唇を離した二人。放心するワタルさんの前で何故か満足気なヒビキがあたしを振り返って言った。

「大丈夫ですか?」
「い、いや…」

全く大丈夫じゃ、ないのだが。