短編 | ナノ







「マグマラシ、サンダース!勝手に遊びに行かないの!」
「お母さんみたい…」
「何?」
「あはは、」

エンジュまでやって来たあたし達はまずは焼けた塔に行こうかと相談していた時、ちょっと目を離した隙に居なくなったマグマラシとサンダースを追いかけて鈴の塔までやって来た。
マグマラシの頭をよしよしと撫でるヒビキを一瞥してからあたしは息を吐いた。ヒビキはあたしと旅を続けている間に4つのバッチを手に入れた。3つ目のジム戦でヒビキのヒノアラシはマグマラシへと進化を遂げ更に強くなり顔つきも凛々しくなったように見える。側で見ているあたしも目を見張る程にヒビキもマグマラシも凄い早さでどんどん成長し強くなっていく。心境は宛ら母のそれだ。けれど断じてあたしはこの子たちの母親になったつもりは微塵もないので、ヒビキの言った台詞はあたしに対して失礼だと思うのだ。

「ヒビキ、焼けた塔に」

行くんじゃなかったの?と続く言葉はヒビキの驚いた声によって遮られた。一体何を見て驚いているんだろう、と彼の視線を追うとそこにはきらびやかな着物に身を包んだ美しい舞子さんの姿があった。ヒビキを見直すと彼は目を輝かせて舞子さんに熱い視線を向けていた。

「ちょっとヒビキ、」
「綺麗…」
「おいコラ」
「僕舞子さん見に行って来ます!」

言うやいなやヒビキはマグマラシと共にそれはもう楽しそうに舞子さんの後を追って行った。残されたあたしは行き場の失った手をゆるり、と下ろしわなわなと震える手を握り締めた。あたしは踵を返すとずんずんと焼けた塔へと向かって大股で歩き出した。サンダースが不思議そうにあたしを見上げてくるのを感じながらもあたしの目がそちらに向くことはなかった。今目に映るのはエンジュの風情ある町並みでも相棒のサンダースでも遠くに見える鈴の塔でもなく、へらへらと笑って舞子さんを追いかけて行ったヒビキの顔だ。沸き上がる怒りを踏み出す一歩一歩に込めて歩いた。効果音は正にドスン、ドスン、といったところか。道行く人の視線が飛んでくるが気にしなかった。ヒビキの奴め、あたしが観光するなら一人で周りたいと言ったのに、ヒビキがしつこく「ななしさんとエンジュを回りたいんです!」とか言うから折れたというのに…あたしを差し置いて舞子の後に付いて行くなんて信じられない。鼻を鳴らしたあたしは其処ではた、と気づいて足を止めた。サンダースがあたしを見上げた。あたしはゆっくりとサンダースを目に映して瞬きをした。

「………ばかみたい」

あたしは自嘲気味に笑った。いつものあたしなら「ふーん、あっそ。」で終わるというのに何をこんなに怒っているんだろうか。これじゃまるで舞子さんに嫉妬しているみたいだ。唐突に込み上げてきた笑いに耐えきれずに、あたしはしゃがみ込んでサンダースを抱き締めて笑った。

「友達を取られたからって嫉妬するなんてあたしもまだまだ子供なんだよ。」

サンダースは首を傾げて良く解らなそうに、だけどとりあえず一声、鳴いてみせた。