短編 | ナノ






夕立だ。皆何故そんなに準備万端なんだろうか、周りを見渡せば冷静に鞄から折り畳み傘を取り出しさっさと帰路に着く生徒達の姿。傘のない者は学校内に残るか、果敢にこの豪雨の中をびしょ濡れになって帰るかのどちらかだ。勿論あたしは学校内に残る。夕立なんだ、少しすれば止むさ。暢気に構えていたけれど一時間経った今でも雨は止む気配を見せなかった。廊下の窓から空を恨めしげに睨んだ。徐々に雨脚は激しくなっている。こんなことなら馬鹿みたいにはしゃいで雨に打たれながら帰って行った友達と一緒に自分もおかしなテンションでびしょ濡れになって帰れば良かった。今から一人で雨に打たれて帰るなんて惨めすぎて泣ける。けれどもずっとこの状態で学校に待機なんてしていられない。だってもうすぐ最終下校時刻。どうするべきか…。
「……………大丈夫?」
雨雲のせいでどんよりと暗くなった廊下に唐突に声が響いた。声がした方に顔を向ければネクタイの色から三年生の先輩だと思わしき男子生徒が無表情にこちらを見ていた。「傘がないなら生徒指導室に貸出し用の傘があるけど。」そう教えてもらい生徒指導室に駆け出した。凄い勢いで入室したあたしに先生は「まだいたのか、お前」と呆れ半分驚き半分の声色で言った。何はともあれ無事傘を借りることに成功したあたしは意気揚々とロッカー前にやって来た。やっと帰れる、そう思っていたあたしの心境は嫌いな体育の授業が終わった時のような解放感に満ち溢れていた。
「あ。」
「……」
ローファーを履き傘を開こうとした時、隣に先程の親切で無表情な三年生がいた。
「さっきはありがとうございました。漸く帰れます。」
「…そう、良かったね」
「はい。先輩のお陰です」
「……さっきの踊りは何だったの?」
そう言った先輩の目に間抜けな顔をして固まるあたしが映っている。きっと、雨よ止めー!の舞を見られたんだ。ああ、だから「…大丈夫?」って言われたわけか、今更ながら納得。
「あ、あれはですね、その…雨が止む、踊り…というか…」
「…へぇ」
「でも傘ありますから!雨止まなくてももう大丈夫です!!」
自慢気に手に持っていた青色の傘を広げて見せた。瞬間あたしは雨に打たれた。何事か、と傘を見上げれば骨組みの部分からどんよりと暗い雨雲が顔を覗かせ容赦なく大粒の雨粒があたしの頭から顔を打っていた。
「……何、この巨大な穴」
瞬時にびしょ濡れになったあたしは呆然と呟いた。顔面に当たる雨が痛い。何だこれ、結局びしょ濡れ決定なのかあたし。ザァザァと雨音が煩い。
石化するあたしに先輩は依然無表情で言った。

「…………踊る?」
「………そ、です、ね…」
雨は止みそうになかった。