短編 | ナノ




一日に何度も転けて、友達に呆れられるのもいつものことだった。転けて怪我するわりに絆創膏は持ってなかったあたしは保健室の常連だった。レッド先輩と出会うまでは。

オレンジ色に染まり始める空の下、伸びる影が繋がれた手を映している。レッド先輩の手はあたしより大きくて少し冷たかった。さっき転けて擦りむいた腕にレッド先輩が貼ってくれたピカチュウの絆創膏が可愛く笑っている。そういえば朝も、レッド先輩は手を引いてくれたなぁ、とふと思い出して隣を歩く先輩を見た。相変わらずカッコイイです先輩。逆上せそうです先輩。

「……ななし」
「は、いいいっ!」

レッド先輩が急に振り向いて名前を呼ぶから吃驚して声が裏返ってしまった。恥ずかしさで死んでしまいそうになっているあたしとは反対にレッド先輩はやっぱりポーカーフェイスのままだった。突っ込まれるのも嫌だけどスルーされるのも何だか辛い。

「…家、どっち?」

あたしの心の叫び声なんか聞こえちゃいないレッド先輩は端正な顔を崩さないまま言った。

「い、家ですか?」
「うん」
「あの角を右に曲がって真っ直ぐ…です」

そう、と言ってからレッド先輩はまた顔を前に向けて歩き出した。手を繋いだままだったあたしも一歩遅れて足を踏み出した。レッド先輩はどうやら家まで送ってくれようとしているらしい。日は沈みかけているとはいえまだ明るいし、本当なら遠慮した方が良いんだろうけどまだ、この手を離したくないと思う自分がいた。二人で帰っているだけでも夢みたいたなのに家まで送ってもらえるなんて…あたしは今日で一生分の運と幸せを同時に使いきった気がする。もうこれ以上良いことは起こらないだろうけど、それでもいい。憧れのレッド先輩とドジ以外どこをとっても平凡なあたしが二人並んで歩くだけで奇跡なんだから。

「……」
「……」

レッド先輩は必要以上に喋らないから、最初はこの沈黙も少し息苦しかったけど今は全くそうは感じない。むしろ心地よい静寂に感じられる。ふわり、風が通り抜けた。どうしてだろう。レッド先輩がいる景色はキラキラと光って見える。
あたしはふ、とレッド先輩の横顔を盗み見て気付いた。いや、どうして今まで気づかなかったんだろう。あまりにもレッド先輩が自然にしていたから?

「…あ、あの、先輩」

あたしが足を止めたのに気付いたレッド先輩は同じく歩みを止めて立ち止まるあたしを振り向いた。赤い瞳があたしを捉えて心臓が跳ねる。心臓が飛び出しそうな位ドキドキと煩い。

「ななし?」

呼び掛けたくせに黙ったまま突っ立っているあたしを不思議に思ったのかレッド先輩が語尾を上げてあたしの名前を呼んだ。

「、レッド先輩。あたし…まだ先輩に名前、言ってなかった気が…したんですけど。」

レッド先輩は有名人だから知らない人はいないけど、あたしの名前なんかクラスメート位しか知らないはずなのに、レッド先輩は気付けば何度も名前を呼んでくれていた。もしかして知らない間に有名人になってた?そうだとしたらきっと悪い意味でだろう。何処でも転ける奴、みたいな。…嫌だなぁ。
あたしは少し俯いていた顔を上げてレッド先輩を見た。

「……っ!?」
「……」

思わず驚きの声を上げてしまいそうだった。本当に、吃驚した。

「せ、せせせ先輩、顔、赤」
「赤くない」
「夕日にしちゃ、赤いかと」
「見るな」

レッド先輩は顔を逸らしぐぐぐ、とあたしの頭を押して顔を見せないようにした。ちょ、首痛いです先輩。容赦ないです先輩。先輩、なんで顔赤いんですか?

「レッド先輩、」
「……何」
「あ、あたし、先輩のこともっと知りたいです!だから」

是非!顔が赤い先輩を拝ませて下さい…!!負けじと頭を押しかえしていると、ぱ、と先輩の手が放れた。

「先ぱ………い、」

一瞬、何が起きたかわからなかった。今だってあんまり理解出来てない。呆然とするあたしは頬に当たった柔らかいものがなんなのかない頭で考えた。その間5秒。

「…真っ赤」

頬を押さえるあたしの前でレッド先輩が目を細めて薄く笑っていた。





End.