短編 | ナノ




「あ…」
「……」
「先輩も今帰りですか?」
「…うん」
良かったら一緒に帰りませんか?なんて我ながら大胆な発言をしてしまった事に言った後から気付いた。断られたらどうしよう。数回話しただけなのに馴れ馴れしすぎたかな?と内心ひやひやしていたあたしの思いに反して、レッド先輩は縦に頷いてくれた。途端に花畑の中にいるようなふわふわした気分になって、緩む口元を見られまいと口の端に力を入れたらレッド先輩に怪訝な顔を向けられた。
「なんか…変…」
「ふ、普通ですよ普通!」
「………、そう」
レッド先輩は眉根を寄せたけれど気にしないことにした。だって今力抜いたら人様に醜いにやけ顔を晒してしまう危険があるから。あたしだって必死なんだ。無表情に戻った先輩は前を向いた。そういえば今気付いたけれどレッド先輩、もしかして歩調合わせてくれてる…かも?今朝二人で歩いた通学路ではあたしは最早小走りを通り越して軽くマラソンをしているような状態になって後ろを着いて行くのに正直必死だった。けど今は小走りになることなくあたしのペースで歩いている。レッド先輩が合わせてくれてるとしか思えない。先輩の横顔を見上げればやっぱり無表情で、だけどそんな先輩の優しさに胸がぎゅっとなった。……は!!いかん!にやける!!あたしは再び口の端に力を込め真一文字に唇を結んだ。
「あれ?レッド?」
不意に聞こえた声に顔をそちらへ向ければ学校内でその名を知らない人は(多分)いないだろうと言われる程有名なグリーン先輩が目を丸くしてレッド先輩を見ていた。
「お前まだ残ってたのか。二年は午後カットだっただろ。」
「…………」
「どこに居たんだよ?」
「…図書室」
「ふぅん…」
グリーン先輩はちらりとあたしに目をやった後意味深な笑顔を浮かべてレッド先輩の肩を叩いて何か耳打ちして颯爽と去っていった。グリーン先輩が去った後あたしとレッド先輩を妙な空気が包んだ。えーと…何か話題、話題…話題はー…。
人生で数える程しか回転させた事のない頭をフル回転させて話題を探した。が、どれも近所のおばさんと交わすような天気の話題しか浮かばなかった。良い天気ですね。…うん。終了!………つ、辛い!!!
何か話題はないかと必至になっていたあたしはふ、と頭を過った言葉をそのまま口にした。
「と、図書室で何か本借りてたんですか?」
「……借りてない」
えーー!!まさかの展開!想定外なんですが!借りた前提で振った話だったのに!早くも会話終了…!!借りてないんなら図書室に下校時刻ギリギリまでいる必要なんかないんじゃ…
「……………先輩」
「…何?」
赤い瞳があたしを捉えた。
あれ?うそ?レッド先輩まさかそんなことないですよね。あぁそんなことない。あたしの思い込みだ絶対。じゃなきゃあたし、
「も…もしかして……待っててくれたり……なんて」
ないですよねー!!ないない!レッド先輩があたしみたいな超平凡で特技はその辺で転けることです!みたいな変人を待つなんてあり得ない!!あり得ないから!!
「…………」
レッド先輩は黙ったまま、固まったように動かない。
「……」
お、おかしい…!!レッド先輩がおかしい!もしかして食あたりでも起こしたんじゃ…!!?
「せ、先輩?レッド先輩?」
「………」
「え…先輩!?」
今まで固まっていた先輩が突如として動き出したかと思うとスタスタと歩き出してあたしはポカンとその後ろ姿を見ていた。お、怒ったんだ…!調子乗んなよテメェって思われたに違いない…!!どうしよう、あ、謝らなきゃ!
「レッド先ぱっ、い?!!」
………転けた。何故だあたし!!!今は特技を披露してる場合じゃないだろオイ!!消えたい。消えてしまいたい。いつかのように地面と再びお見合いをしでかしたあたしなんて、レッド先輩は気にも止めないで行ってしまうんだろうなぁ…別に良いんだけど。ていうかそれが普通の反応だし。あたしが…悪かったんだ。調子に乗って先輩と仲良くなったみたいに思い込んで、先輩だって迷惑してるよ。うう…泣きそう。
「…、ななし」
「………うぇ?」
顔を上げればレッド先輩の姿があった。あれ?先輩帰ったんじゃ、あれ?
先輩は転けて擦りむいたあたしの腕を取るとじっ、とじわりと血が滲むそれを見つめてポツリと漏らした。
「…ごめん」
えぇ?!!どどどどうしよう…!!レッド先輩に謝らなきゃいけないのに先輩に謝られてしまったんだけどっ!!
すみません本当もう頭付いていかないんですが。キャパオーバーです。呆気に取られていたあたしの腕にレッド先輩はいつもしてくれるようにピカチュウの絆創膏を貼ってくれた。