短編 | ナノ






あたしの額にピカチュウの絆創膏が増えたのはレッド先輩と会話してから1日経った朝のことだった。その日あたしは遅刻していた。ダッシュしたら間に合うか間に合わないかの瀬戸際な時間で、皆勤賞を狙っていたあたしは勿論ダッシュしていた。食パンを食べながら走るなんて少女マンガの定番をやってしまったあたしはこのまま角でぶつかったりしたら本当に少女マンガだなぁなんて思った瞬間にぶつかった。看板に。あたしの頭の位置とジャストに立てられていた看板に、あたしは見事にぶつかった。目の前がチカチカする。踞ったあたしをマラソン中のおじさんが不審者を見るような目で見て走り過ぎて行った。
違う。ぶつかるはぶつかるでも看板にぶつかるなんて事を期待していたわけじゃないんだ…。イケメン男子とぶつかってそこから始まるラブロマンスに期待していたというのに、何これあたしただの可哀想な人になってないかこれ。足元に食べかけの食パンが転がっているのを見て泣きたくなった。まだ半分も食べてなかったのに…。
「ていうか皆勤賞…」
「…狙ってたの?」
「うん……、ってえええ?!」
聞こえてくるはずのない声が上から降って来て吃驚したあたしは勢いよく振り向いた。

「せ、先輩!?」
何でこんな所に、ていうか学校は?ていうか先輩遅刻じゃ?混乱するあたしを他所に相変わらずの仏頂面をしたレッド先輩はいつかのように鞄からピカチュウの絆創膏を取り出した。
「血、出てる」
「いっ!」
べし、とレッド先輩の手が額を叩いた。い、痛い。前は優しかったのに、なんて思っているとレッド先輩はあたしの腕を引っ張って立ち上がらせて人の顔を見るなり目の前で溜め息を吐いた。え、何で溜め息?
「…ななし怪我しすぎ」
「え、あ、すみません」
そうですよね。何回先輩の可愛いピカチュウの絆創膏を使わせてんだって感じですよね。すみません、ドジで。
「……ああっ!!!」
突然思い出したように声を上げたあたしは一気に青ざめ肩を落とした。レッド先輩の目が何?と語ってくるのを感じてあたしはボソッと呟いた。
「遅刻、しましたね。確実に」
「……ああ」
大きな溜め息を吐いたあたしは暫くショックで動けずにいた。皆勤賞欲しかった。皆勤賞欲しかった。落ち込むあたしの手に、不意に少し冷たいレッド先輩の手が触れた。え?レッド先輩の手が、手を握って…る?
あたしの目はこれでもかという程かっ開いた。なんてこった!今あたしレッド先輩と手、繋いでる…!!
「…授業始まる」
「…は、…は」
やばい、死にそうだ。何これ神様からの思し召しなんだろうか?だったら素直に受け取らなきゃいけないよね?角でぶつかって始まるラブロマンスとはいかないけど、これはこれで良かったのかもしれない。
「………鼻血出てる」
「、ずみばぜ…」
繋がれた手は呆気なく離されてしまったが、あたしはとても幸せでした。