短編 | ナノ






今あたしはフェンスに突っ込んだ。自転車から転げ落ちた体は地面へダイブし頭を激しく打ち付けた。カラカラと横転した自転車の車輪が回る音がする。あたしは恥ずかしさのあまり起き上がれないでいた。今すぐ消えてしまいたい。というかいっそだれかあたしを殺してくれ。切実に願ったがあたしは消えることも殺されることもなく今地面に倒れ込んでいる。数メートル後ろから注がれる視線を一身に受けながらあたしは絶賛地面とお見合い中。良いコンクリートの色してますね。いやいやあなたの肌色には負けますよ。何をおっしゃいますか地面さんの灰色には敵いませんよ。あはははは。
「…………」
あたしはのそり、と起き上がった。身体中に付いた小石や砂を払って何事もなかったように自転車を立たせて颯爽とその場を後にした。地面にはフラれてしまった。肌色より灰色が好きなんだそうだ。





数日後あたしは学校の廊下で衝撃的な出会いをしてしまった。目が合った瞬間彼は「あ。」と声を漏らした。
「フェンスに突っ込んでた人」
「ぎゃああああああ!!」
あたしは足を滑らせて階段から落ちた。見事な滑り具合のお陰で大した怪我はなかった。しかしお尻はとても痛かった。そして心も痛かった。
無言であたしを見下ろして来るこの人物は二年生のレッド先輩だ。デスノートを持ってるだとか凶暴なネズミを連れてるだとかなかなか恐い噂を持つと同時に、すごく格好いいと女子達が黄色い悲鳴を上げているのを聞いた事がある。ええ、噂以上に格好いいですレッド先輩。しかし沈黙がとても痛いですレッド先輩。いっそ笑ってくれたら良いものをこの沈黙はとても苦しいのですが。それよりもあたしは何度こんなイケメンな先輩の前で恥を晒せば気が済むんだろうか。ほんと誰かあたしをデリートしてくれデリート。
「………転けたり滑ったりするの好きなんだ?」
「好きじゃないですから!」
何納得したように頷いてるんですか!転けたり滑ったりするの好きな女子ってどんなのさ!?
「あああの、あたし、好きで転けたわけでも滑ったわけでもないんで。事故なんです事故。」
「事故…」
「そう事故です!」
だから間違っても自転車でフェンスに突っ込んだ挙げ句転けて地面とこんにちはするのが好きな女子だとは思わないで頂きたい…!
思いが届いたのかレッド先輩は一度頷くと徐に鞄をごそごそと漁りだした。デデデデスノートでも出すんだろうか。二度もレッド先輩の目を汚した罪であたし消される…!!?いや数分前まではそれを願ってはいたが今はちょっと無理っていうか、山の天気は変わりやすいというか、いやいやあたしは山じゃないけどさ。
「け、けけ、消さないで下さい!」
「…は?」
レッド先輩は意味が解らないという様に怪訝な目であたしを見た。うわ格好いい。じゃなくてあれ?デスノートじゃない?差し出されたのはかわいいピカチュウがプリントされた絆創膏であたしは穴が空くほどその絆創膏を凝視した。
「…足怪我してる」
「え…、あ。ほんとだ」
擦りむいた膝から血が出ていた。レッド先輩は無言でピカチュウの絆創膏をあたしの膝に貼ってくれた。
恐い噂がある先輩だからつい身構えてしまったあたしは拍子抜けしていた。なんだ、優しいじゃないか。優しいイケメンじゃないか。
「…あ、あの」
「…何?」
「絆創膏、ありがとうございます。」
レッド先輩は何も言わずに数秒間あたしを見下ろしてから背を向けてスタスタと去って行った。