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今日は平日だがあたしの学校は創立記念日でお休みになった。朝お兄ちゃんが恨めしげにあたしを見て学生は勉強しろだの、俺は休みなんかねぇぞだの小言を吐いて仕事に出掛けた。残ったあたしは微睡む目を擦りながら起きてきたレッド君と既に起きていたピカチュウと一緒にご飯を食べてから英語の宿題を片付けた。

カリカリ、とリビングにシャーペンを走らせる音が響く。テスト前のあたしは日本史の勉強に励んでいた。今回の日本史のテスト範囲は前回よりも広く暗記するにもいつもの倍程の時間と集中力を費やさなければならない。勉強に専念するあたしの傍らでWiiに夢中になっていたレッド君とそれを何やら興奮した様子で見ていたピカチュウは、リモコンをほったらかしにカーペットを敷いた床に寝転がり寝息を立てている。あたしは一つ息を吐いて穏やかに眠る一人と一匹を緩む口元をそのままに見やった。可愛い、と呟いた言葉は再び動き出したシャーペンの音に掻き消された。

「ん〜〜〜〜っ!」
腕を天井に向けて伸ばしたのは勉強を初めてから2時間後のことだった。肩を回せば硬直していた骨がポキポキと音を立てた。あたしは広げたノートとプリントを片付けてからふ、と床に視線を落とした。そこには苦し気に顔を歪ませたピカチュウを抱きしめたまま眠るレッド君の姿があった。
あたしはやれやれ、と息を吐きピカチュウを解放するべくレッド君の腕に手を伸ばした。
「うわ、すごい、力…!」
陶器のように白く細い腕のどこにこんな力があるのかと思ってしまう程、レッド君のピカチュウを抱きしめる力は強かった。成る程、こりゃあピカチュウも苦しがる。何とか空いた隙間から素早くピカチュウを救い出したあたしは一気に脱力した。ピカチュウはげっそりとした様子で、しかし尚も夢の中にいるみたいだ。あたしは人知れず苦笑いを浮かべた。
「っ、わ…っ!」
ピカチュウを眺めていたあたしは突然後ろから掴まれた腕に引かれバランスを崩してそのまま後方へ倒れ込んだ。思わず瞑ってしまっていた目を上げれば眼前に酷く整ったレッド君の顔があって息を飲んだ。近っ…!!近すぎる!!かろうじて叫び声を上げるのを堪えたあたしの心臓は代わりに飛び出しそうな程大袈裟にドクドクと脈打っていた。今脈測ったら大変なことになりそう、だ。血圧だって異常値を示すに違いない。
顔を直視することが出来ず(生命の危機を感じたため)視線をさ迷わせたあたしは気付いた。あろうことかあたしは今レッド君の上に上半身を乗り上げてしまっていた。内心叫び声を上げて慌てて離れようと試みるがそれはいつの間にか回された彼の腕によって叶わなかった。
「レレレレレッ、レレレッドきゅん…!!」
物凄い吃りように笑ってしまいそうだが、今のあたしにそんな余裕はない。何せ生命の危機なのだ。こんな綺麗な生き物と至近距離にいるというのは心臓にものすごく悪い。寿命縮みます、本当に。バタバタと暴れるあたしを、レッド君の腕が更に力を込めて抱き締めてくる。否、これは締め付けてくる、だ。今骨が嫌な音を立てた気がする。
「ぐ、ぐる、じ…ぃ」
プロレス選手に締め付けられていれのではないかと思ってしまう位に、あたしは苦しんでいた。だがしかしレッド君は起きない。あたしが彼の腕によって先程とは別の意味で生命の危機を感じているにも関わらず彼は穏やかな寝息を立てるだけ。
そうだ、ピカチュウに助けてもらおう!と視線をピカチュウに向ければ奴は幸せそうに眠っていた。涎まで垂らして。あたしの胸に燃え上がる殺意が芽生えた。
ピカチュウなんかもう二度と助けてやるもんか…!そう強く誓ったあたしはそのまま意識を飛ばした。


「………、」
夕方早めに帰宅した碧の兄はレッドによって絞め技を食らわされている憐れな自分の妹を見てしまった。