メイン | ナノ




事態に気付いたのかご近所の方々が家から顔を覗かせ始めた。ついでに野次馬も沢山出てきた。あたしは慌ててピカチュウを脇腹に抱えて横転した自転車を起き上がらせてそのカゴにピカチュウを入れ込んだ。そういえば車の運転手は大丈夫だろうか、と横目で煙を上げる車を見やった。ガソリンが漏れている様子もないし、爆発する心配はないがこのまま人として見捨てて一人逃げていいのだろうか。暫く葛藤していたあたしだがざわざわと沢山の人が集まってくるのを察知して迷わずペダルを踏んだ。ピカチュウが風を感じて嬉しそうに鳴いた。なんてお気楽なピカチュウなんだ。あたしは罪悪感に押し潰されてしまいそうだ。けれど良く考えれば向こうが悪いんだからあたしが罪悪感を感じることなんてないのだけれど。あたしは考えを振り払うようにスピードを上げた。
「ピカチュウ、降りるよ」
カゴからピカチュウを持ち上げようとすれば拒まれた。小さな黄色い手がカゴをしっかりと握っている。どうやら気に入ってしまったらしい。
「ピカチュウ手を離して」
「ピィ〜カァ〜!」
「嫌々じゃなくて」
ああどうしよう。早く此処から去らなければ、近所のおば様達から「ぬいぐるみに話しかけてるわあの子」なんて変な噂がたってしまう。けれど無理矢理持ち上げようとすれば放電しかねない。
「もう!ピカチュウ何時までもここにいたらご飯食べられないよ!」
「ピ…!!」
ピカチュウはまるで雷にでも打たれたように動きを止めてしょんぼりと耳を垂れた。今のうちだ、とピカチュウを持ち上げてそそくさと家に入った。
ピカチュウは未だションボリとした様子でソファにちょこんと座っている。ご飯食べられないって言ったのそんなにショックだったのだろうか。ちょっと悪いことしてしまったなぁ。
あたしは適当に炒飯を作ってピカチュウのいるリビングに腰を下ろした。ほくほくと湯気を立たせた炒飯をピカチュウが物欲しそうに見ている。
「ピカチュウ。」
はい。と用意した小さめのスプーンに一口分掬い少し冷ましてからピカチュウへ向けた。瞬時にピカチュウは瞳を輝かせた。
「炒飯、食べれる?」
そう言い終わる前にピカチュウはスプーンにあった分を食べ終えた。ポケモンフードじゃないけど、食べれないことはないんだな。美味しかったのかピカチュウは炒飯をくれと催促してくる。現金な子だ、と思いつつやっぱり可愛いピカチュウに頬が緩んでしまう。ピカチュウと半分こにした一人前の炒飯はあっというまに平らげてしまった。

洗濯機を回してお風呂上がりで濡れたピカチュウの体をタオルで拭いていると、玄関の鍵が開く音がした。
「碧〜!」
「お兄ちゃん?」
今日は仕事で帰ってこないはずだったのに一体どうしたのだろう。パタパタと玄関に駆けていけば、お兄ちゃんの背に意識を失った人をがおぶさっていた。
「ど、どうしたの?」
「いや何か倒れててさ」
「何処で?!」
「道端」
このまま放って置けなかったから連れてきた、とお兄ちゃんはあっけらかんとして言った。
「それよりお前、なんだそのぬいぐるみ」
「え?」
顎でそれと言ったものを差す兄の視線を辿って見れば、いつの間にか付いてきていたピカチュウがちょこんと座っていた。
「ピッ……!!!?」
あたしは絶句した。あまりにも自然にピカチュウが日常に溶け込んでしまっていたからこういう事態になる事を忘れていた。けれど今ピカチュウは動いてないし鳴いてもいないからこのままぬいぐるみで通せるはず…!!
「あ、こ、このぬいぐるみ…ゲームセンターで」
「ピカァ!」
どうやらこのピカチュウは空気が読めないらしい。ぬいぐるみで通そうとしたにも関わらずピョンと肩に飛び付いたピカチュウにあたしはピシッと固まる。瞬時に沢山の言い訳を必死に脳内で考えているあたしのことなんてお構いなしにピカチュウは頬をつついてくる。
あたしは心の中で泣いた。