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レッド君を好きだと気付いてからというもの、これと言って進展もなくただただいつも通り淡々とした日々を過ごしている。いつも通り会話して、いつも通りピカチュウとじゃれ合って、いつも通りふざけるお兄ちゃんにツッコミを入れて本当に何も変わらないのだ。少女漫画だったら頬を赤らめて目も合わせられないくらい意識して…というのが定石だろうが如何せん現実は甘くない。
お昼ご飯を食べ終えたあたしは二人と一匹分の食器を洗うため流し台に立ちスポンジに食器用洗剤を付けると二、三回握りしめて泡を起こした。水に浸けた白い平皿を手に取るとスポンジで綺麗に汚れを落としていく。ふ、と視線を上げるとピカチュウが楽し気にレッド君と戯れている。楽しそうな光景に思わず口元が緩んだ。
このままが一番いいんだ。
そんな考えがストン、と胸に落ちてきて妙に納得した。
「碧。」
「ん?」
名前を呼ばれて顔を上げると赤い瞳があたしを捉えていた。ドキ、と小さく音を立てた心臓にあたしは内心激しく叱咤した。意識しないって決めたそばから胸が高鳴ってるなんてあたしの意思は絹ごし豆腐の様に弱いようだ。
「俺も…手伝う。」
「ありがとう。でももうすぐ終わっちゃうからレッド君はゆっくりしてて。ね?」
「……」
「…え、っと…」
じっと見つめてくる瞳は決して揺るがない。レッド君は頑固だと思う。それは悪い意味ではなくて、いい意味で、だ。何かしようか、と良く言ってくれるレッド君の言葉は社交辞令なんかじゃなくて、とても真摯で真っ直ぐなのだ。だからあたしが遠慮して断っても絶対に引かない。レッド君のそんな意思の強さはあたしの憧れでもある。
「じゃあ、洗濯物畳んでくれるかな?」
「…うん」
瞳を細め、僅かに口元に弧を描く彼にまた心臓が大きな音を立てた。
最近レッド君はよく笑うようになった。以前までは無表情で、返事をするのも頷くだけだったのに今は小さく微笑んでくれる。お兄ちゃんもその微笑みに胸を撃たれて、「恋しちゃいそうだ…!」とか何とか言ってた。でも、そんな兄の気持ちもわからなくもない。レッド君の微笑みは心臓にとても悪いのだ。
キュ、と蛇口を締めてタオルで濡れた手を拭くとレッド君がいる和室に向かった。
「レッド君、あたしも手伝、う…」
「ピッカァ!」
「あ……」
ひょこっと顔を覗かせて中の様子を見てみれば綺麗に畳まれた服やタオルの横で、ピカチュウがどこから持って来たのか、何故かあたしのブラジャーを着けて遊んでいた。ピカチュウは悪びれる様子もなくポーズを決めている。あたしに気付いたレッド君は相変わらずのポーカーフェイスでピカチュウを抱き上げると、はい。と私に差し出した。
「あ、うん…。」
何事も無かったように再び服を畳み始めたレッド君。
あたしは腕に抱えたピカチュウを見やった。ピカチュウはあたしと目が合うと恥ずかしそうに顔を両手で覆い耳を垂れた。まるであたしの気持ちを代弁しているみたいだった。