メイン | ナノ



一体いつあの手を離してしまったのだろう。迷子になるから、と彼から繋いでくれた手をあたしは気づかない内に離していた挙句一人ではしゃいで迷子になってしまった。目の前にも沢山の人、振り返ってみても変わらず人の群れしかみえない。その中にあたしが探すレッド君の姿は見えない。がやがやと耳に届いていた騒がしい音が遠くに聞こえた。あたしは人の間を無理矢理潜り抜けて元来た道を引き返した。肩がぶつかって舌打ちされたけど今はそんなことに一々気にしてはいられなかった。背伸びして辺りを見回していた時お腹あたりに鈍い衝撃を受けてあたしは一瞬息が止まった。上ばかり向いていた頭を下げて見てみればそこにはオレンジジュースの缶を片手に持った泣きそうな顔をした小さな女の子とびしょびしょに濡れた自分の白いスカートがあった。まだ買って間もないスカートは見事にオレンジ色に染まっている。涙を浮かべた女の子は彼女の母親に手を引かれ人混みに消えていった。あたしは電柱のようにそこから動けなくなってしまった。胸に暗い感情が押し寄せる。どうしてこんなことになったんだろう。レッド君はいないし、新しいスカートはオレンジジュースに染まってしまった。
「…レッド君、」
あたしはふらり、と覚束ない足取りで再びレッド君を探し始めた。ついさっきまではすごく楽しかったのに、今はすぐにでも家に帰りたいと思っている。神社の入口近くまで戻って来たあたしは大きな鳥居の下で女の子に囲まれている探し人を見つけた。声を掛けようと吸った息がすぅ、と閉じかけた口から出ていく。何だか急に、一人取り残されたような気分に陥ってしまった。声を掛けたいのに、上手く言葉がでてこない。レッド君、心の中で呟いた時女の子達に囲まれていた彼があたしを捉えた。赤い瞳に安堵の色が浮かぶ。
「碧…!」
あたしはレッド君の声を背中に受けて走った。馬鹿だ。レッド君困ってたのに、何で逃げてるのあたし。助けにいかなきゃ。帰ろう、って笑って声掛けたら良いのに、女の子達の嘲笑うような目にどうしようもなく自分が惨めに感じて恥ずかしくなって逃げてしまった。あたしは道路の真ん中で走らせていた足を止めた。全力で走ったせいで息が上がっていた。肩で息を整えていたあたしの手首に瞬間、電流が走った。
「碧、…何で逃げるの」
「…っ、」
少し息の荒いレッド君があたしの手首を掴んでいる。触れた場所が熱い。
「碧?」
何も反応を示さないあたしをレッド君が心配そうな声で呼ぶ。レッド君が悪いわけじゃない。あたしが悪いんだ。女の子達に囲まれていたレッド君があたしの知ってる彼じゃないような気がして勝手にレッド君には釣り合わないと思った。綺麗な女の子達に比べて自分があまりにもみすぼらしく感じてあの場所にいたくなかった。だから、逃げたんだ。
「…っ…、ご、めん。」
喉から絞り出したような、震えた声で言ったあたしの頭に温かい重みを感じた。
「………大丈夫だから、」
帰ろう。そう言ってレッド君がいつもしてくれるように自然と手を繋いでくれて涙が出そうになった。
「…レッド君、ごめんね」
「……何で?」
「なんでも…」
嫉妬なんて、あたしは思っていたよりも浅ましいみたいだ。レッド君が知ったら嫌がるだろうか。
それでもどうか家に帰るまでこの手が離れませんように。