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「秋祭りやってるから行ってこいよ」
仕事から帰って来たお兄ちゃんはものすごい笑顔を浮かべてスーパーの袋いっぱいに林檎あめやらわたあめやら唐揚げやら沢山のお土産を持って帰って来た。それまでリビングで宿題をしていたあたしは勿論、猫じゃらしでピカチュウと遊んでいたレッド君もピカチュウもお兄ちゃんが机に置いたそれらを見て目を輝かせた。我先にわたあめに飛び付いて嬉しそうに鳴き続けているピカチュウの横でレッド君は彼の瞳と同じ色をした苺飴を手に取って興味深気に眺めていた。
「そこの神社でやってるの?」
あたしはベビーカステラを口に放り込んだ。
「ああ。お前レッドと二人で行ってこいよ。」
「ピカチュウは?」
「ピカチュウは俺とお留守番だ!今日はお菓子パーティーだぞ!」
お兄ちゃんはわたあめを頬張るピカチュウの頭をぐりぐりと撫でた。あたしは視界の端でじゃれ合う自分の兄とピカチュウを捉えながら林檎飴を見つめるレッド君に話しかけた。
「レッド君、お祭り行かない?」
林檎飴を見ていた透き通るような赤い瞳がこちらに向けられ、数秒の間を空けてから彼は縦に頷いた。善は急げという言葉に従いあたしは鞄を肩から掛けて先に玄関先で待っているレッド君の元に向かった。出かけにお兄ちゃんがナンパされんなよ、と言ったからあたしが全力でされるわけがないと否定したら「馬鹿。碧じゃなくレッドだよ」と真顔で言われて微妙な心境になった。お祭りは楽しみなのに何だか今から憂鬱な気分だ。…なんて思っていたけれどいざお祭りにやって来たら先程までの憂鬱なんてどこかへ吹き飛んでいた。神社の境内までズラリと処狭しと両脇に並ぶ屋台を落ち着きなくキョロキョロと見て回る姿はまるで子供のようだったのだろう、夢中で屋台を見て回るあたしの手をレッド君が掴んで言った。
「迷子になる」
彼のその一言にあたしは顔に熱が集まるのを感じて俯いた。あたしとしたことがつい、はしゃぎすぎてしまった。
「ごごごめんレッド君」
「いいよ。面白いから」
レッド君は小さく笑って瞳を細めた。余計に恥ずかしくなったあたしは顔から汗が吹き出しそうになっていた。

それから二人で射的をしたりダーツをしたりヨーヨー掬いをしたりと、とにかく屋台で遊び回った。お祭りに来たことが久しぶりだったあたしは浮かれていたせいもあってお兄ちゃんの言っていた、からかい半分の忠告をこの時まですっかり忘れていた。
「レッド君レッド君!次はチョコバナナ食べよ…ってあれ?」
振り返ると今の今まで一緒にいたレッド君の姿が忽然と消えていた。あたしが屋台に綺麗に並ぶチョコバナナに気を取られていたせいでいつの間にかレッド君とはぐれてしまったようだ。あたしは出かけに言われたお兄ちゃんの言葉を思い出して頭がすぅ、と冷えていくのを感じた。
「う、そ…」
あたしの声は周りの喧騒に掻き消された。