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あれ、おかしいな。と碧は目の前に広がる惨状に瞬きをした。朝はこんなに台所は乱れていなかったような…気がする。碧はゆっくりと台所へと足を進めた。一体何をどうすればこんな地震でも起きて食器やら鍋やらが散乱したような状態を作れるのか不思議だと碧は一人思う。まな板の上には包丁で二つに割ろうとした痕跡がある生卵の残骸が残っていた。碧はくるりと振り返りレッドとピカチュウを見やった。レッドの表情は変わることない真顔だったが彼の肩に乗るピカチュウは耳を垂れていた。どうしたものか、碧は肩を竦めた。

「ご飯作ろうとしたんだよね?」

レッドはコクリと頷いた。
苦笑いを浮かべた碧は手近にあった割れた生卵の殻を捨てて、蛇口を捻り卵黄がどろりと広がったまな板を手に取ると水で軽く洗い流した。こうなるだろうと予想をしていた碧は意外と許容範囲内だったなぁ、と台所を見回して思う。レッド君のことだからレンジの使い方がわからなくて電気ショックや10万ボルトを繰り出してレンジを爆破してしまうかと思っていたけどそんなこともなかったようだ、と安堵の息を吐く。流し台を片付けている彼女の傍らでレッドとピカチュウもそこここに散乱した食器やらを片している。そんな彼等を横目で見ていた碧は込み上げた笑いを堪えきれずに声を立ててしまった。レッドとピカチュウは手を止めて彼女へ顔を向けた。
「ごめ、なんか、お、おかしくて…ふふっ、」
レッドはピカチュウと目を見合わせた。小首を傾げたピカチュウを見てから、碧に再び目をやり小さく口を開いた。
「大丈夫…?頭…」
「え?貶してるの?心配してるの?」
「心配してる」
「…頭は、大丈夫だよ。」
レッドは暫く間を空けて、頷いた。



一通り片付けて元の状態に戻った台所を見て、碧はふ、と思い出したように「そういえば、」と言いながらレッドに振り向いた。
「何作ろうとしてたの?」
「…………お粥?」
レッドは肩にいるピカチュウに尋ねた。
「ピカ!」
元気よく鳴いたピカチュウがコクコクと頭を上下に振ったのを見てからレッドは碧に向き直った。
「お粥だって」「うん。そうだね。」

敢えて碧は何も言わずに微笑みながら一人と一匹を見ていた。


碧は冷蔵庫から出した麦茶をガラスのコップに注ぎながら言った。
「何でお粥なんか……、もしかしてあたしに?」
麦茶を飲むレッドの隣で彼の代わりに頷いたピカチュウを見て碧は胸が熱くなるのを感じた。まさか自分のために慣れない料理をしただなんて、考えてもみなかった出来事に碧は素直に感動した。
「お粥、残ってる?」
「…少し」
「食べてもいい、かな?」
レッドが頷いたのを見て、碧はリビングから再び台所へ行きレッドに言われたステンレスの鍋の蓋を胸を弾ませながら開いた。そして、閉じた。
「レッド君…っ!」
「何?」
「おおおお粥の中に、バ、バナナとかリンゴが丸ごと入ってるけど!!」
「体に良いって、言ってたから…」
確かに果物は体にはいいんだけどね…!!間違ってる!間違ってるよレッド君…!!

結局碧は二人のせっかくの好意だからと、青い顔をしながらお粥を完食した。