プリズム | ナノ







人混みでも君を見つけられる。


彼女は交差点の信号の向こう側に漆黒の髪を靡かせる少女を見つけた。信号が赤から青に変わり動き出す人の波に乗って彼女はその少女の元へ歩みを早めた。
「君!」
突然話し掛けたせいかその少女は肩を揺らし驚いた表情で彼女を見た。少女の瞳にミルクティー色の短い髪を風を含んだようにふわりと揺らす一人の青年とも見れる女性が映る。
「…あ、あの…?」
遠慮がちに声を掛けた少女は怪訝な顔で彼女を見た。はっ、とした彼女は少女の手を掴み点滅する信号を急ぎ足で渡った。
「すみません…手、」
離してほしいと言いかけた少女は見上げた彼女の優しい微笑みに言葉を呑み込んだ。何かを懐かしむように目を細めて自分を見ている彼女に少女は戸惑った。何を話していいのかわからない。困り果てる少女を見ていた彼女はふ、と自嘲気味に笑いそっと少女の手を離して口を開いた。
「ごめん、突然。手…痛かった?」
「い、いえ…。」
そう、と呟いた彼女に少女は余計に困惑した。まるで最初から自分を知っているかのように話しかけてきたのに、どうしてか彼女は何も言い出さないのだ。何処かで会った事があったのかもしれない。いや、ただの人違いだったのか。だとしたら先程の懐かしむように向けられた優しい表情は何なのか。少女はぐるぐると考えを巡らせた。
「君の名前、教えてもらってもいいかな」
彼女は控えめにそう言った。少女はつかの間躊躇ったがこの人物が怪しい人とは何故か思えなかった。
「…、あなたの名前を教えてくれるなら。」
「僕は天王はるか。」
「僕?女の人じゃないんですか?」
素直に疑問に思ったことが口に出てしまった。少女は慌て口に手を当てたけれど天王はるかと名乗った人物は気にする様子もなくさらりと女だと言い放った。
「君は?」
「あ!すみません。私は上原碧です。」
「碧か…。良い名前だな」
はるかは瞳を細めて呟いた。
「天王さん」
「はるかでいい。」
「は、はるかさん。」
「何?」
「私達何処かで会ったことありますか?」
はるかは一瞬時間が止まったように感じた。少女の言葉にはるかは溢れる感情を押し殺して平静を装ったままただ何も言わず少女を見つめ返した。