ぱち | ナノ



ディスプレイに映った文字に目を瞬かせ、次の瞬間にはクローゼットを大きく開けてファッションショーを始めていた。
寒いから厚着しなくちゃ、ああでも厚着したら可愛くなくなっちゃうし、寒くても我慢しようかな、なんて服を取っ替え引っ替えしていたらあっという間に時間は過ぎていた。
壁に掛けた時計の針を確認して、鞄から化粧ポーチを取り出した。
ガラステーブルの上に置いた鏡の前に座ると化粧品を並べて、下地を手に取った。丁寧に丁寧に、お化粧を施していく自分の顔を見つめながら、ああ、もっと可愛くなりたい。なんて何度思ったことだろうか。鼻がもう少し高かったら、目がぱっちり二重だったら、唇の形が綺麗だったら、私の世界はきっと変わっていたのかもしれない。
パチン、とフェイスパウダーのコンパクトを閉じて最終チェック。
鏡の前で百面相を繰り広げて、最後にプレゼントで貰ったお気に入りのリップを塗った。うん、完璧。
ちら、とケータイのディスプレイを見れば、メッセージが表示されていて慌てて手に取った。
もうすぐ着くよ、の7文字に心が踊り出す。鞄にハンカチとお財布それから小さな化粧ポーチを入れて、忘れ物はないかな、他に必要なものはないかな、と部屋をうろちょろしていたら軽快な音が流れてケータイのディスプレイが光った。着いたようだ。画面をスワイプして薄いそれを耳に当てた。

「もっ、もしもし!」
「寒いんだけど」
「そうだよね、ちょっと待ってね!」
「僕を待たせるなんて君くらいだよ」
「えっ」
「何でちょっと喜んでんの。褒めてないからね。」
「ごごごごめん!」
「ねぇ、まだ?」
「今出る!」

履き慣れたブーツに足を通し、鍵を開け扉を押し開けた。冬の冴える空気が全身を包み思わず身震いした私の目の前に、マフラーで口元まで隠した彼がしんしんと降る雪の中壁に凭れて私を待っていた。明るいエメラルドグリーンの瞳が白銀の世界に映えて思わず見惚れてしまった私に彼が言う。

「遅かったね。」
「お待たせしました!」
「だから何で嬉しそうなの」
「うん、夜天君と新しい年を迎えられると思ったら嬉しくて、にやけちゃう。」
「…ふーん。」

歩き出した彼の隣に並んで、雪の降る誰もいない深夜の静かな道を歩いているだけで、不思議と特別な時間だと思えた。

「あ、あとちょっとで今年が終わるよ!夜天君来年も宜しくね!」

ケータイのディスプレイはあと数十秒で一年の終わりを報せていた。刻々と過ぎていく数字を見ながらカウントダウンを始めた私を、彼が呼び止めた。顔を上げれば目の前に吸い込まれてしまいそうな程美しいエメラルドがあって、あ。と思った時には唇に柔らかな彼のそれが触れた。ああ、とても幸せだ。幸せな一年だ。

「夜天君、今年も宜しくお願いします。」
「はいはい。」

手を繋いで歩く静かな雪の夜、ずっと彼の隣にいられますようにと星空に願った。

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◎拍手コメントのお返事はmemoにて