燃ゆる真摯

美し過ぎる姿に、心を奪われた。


「君は、何者?」


女性のような艶やかな蒼い髪に、透き通るような瞳。この人は、神様か、万人を惑わす悪魔なんじゃないか、そう思えて仕方がない。


「あなたは、神様ですか?それとも、悪魔ですか?」

「神様とは言われたことがあるけど、悪魔は初めて言われたかな」


クス、
口に手を当てて目を細める仕草に、目が離せなかった。一瞬たりとも視線を外すのが、勿体無いと思えて仕方がない。


「それより、君は何者なんだい?…真名が読めないなんて、初めてだよ」

「…?私は、△▽です。何者でもありません、△▽です。」


ゆっくりと、縁側に腰掛ける彼に歩み寄った。ほどよく近づいたところで、なにもない土の地面に腰を下ろした。


「あなたのその美しい姿を、このまま見ていてもいいですか?」

「、変な子、だね。君は人間?」

「あなたは、違うの?」


それなら、神様か悪魔だ。
そう言うとクスクスと笑った。あぁ、本当に美しい。


「俺は、化け物だよ」

「そう、ですか」

「あまり驚かないんだね」

「むしろ、人間でないことに安心したくらいですよ」


ここまで美しい人間がいたら、私は人間を辞めたくなる。この方と同じ種族を宣(のたま)うなんて、なんと烏滸がましいことか。


「それで、君は、どうやってここに来たんだい?」

「気の向くままに歩いていたら、ここに来ました」

「ここは、普通の人間が来れるような場所ではない」

「私には、普通に来れました」


にこやかなのに、少し疑うような、そんな表情。私は見上げながら、本当のことを言った。なぜか、足がここまで歩いて来たのだ。理由などなにもない。


「…そうか」


音もなく立ち上がった彼を、じっと視線で追った。ほぼ真上を見るようだから、首が痛い。ゆっくりと私に近づいて来て、目の前で座った。


「君は、不思議だ」


そう言って、少し冷たい手が、頬に触れた。指先から感情が流れてくるような気分に陥る。どうして、どうして貴方は、


「どうして、泣いているんですか」

「泣いて…?」

「心が、泣き叫んでいます。そんな憂いた表情で、なにがあったんですか」


苦しい、悲しい、辛い、憎い。
そんな負の心が、顔に出ている。なぜ、どうして、と問うのに、貴方はなにも答えてくれない。少し目を見開いて、ほらまた、悲しそうに笑うんだ。


「…君が、昔の友に、似ているから、かな」

「私が、憎いですか?」

「…いいや、そんなことない」


頬を撫でていた手が、首に回った。憎くないなんて嘘っぱちだ。きっと今頃、この首を絞めたらどうなるのか、なんて考えているんだろう。
視線はあっているのに、目が合わないとずっと感じていたが、なるほど。ずっと私じゃないその友を重ねて私を見ていたのか。


「どうしたら、私を見てくれますか」

「見ているよ、今」

「私は、貴方の友じゃない」

「……本当に、君は何者?」

「、ただの、人間ですよ」


少し驚いたのか、首に回る手に僅かに力が入った。そっと彼の手に私のそれを重ねた。息は全く苦しくない、が、心が苦しくなった。


「貴方の目が、欲しい」

「恐ろしいことを言うね、君は」

「心のこもった視線が、欲しいのです」

「、君は本当に、変わっているよ」


これが、私と蒼志様との出会いーーー………


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「なんてこともありましたね」

「△▽は相変わらず変な子だけどね」


グサッと心に刺さる言葉に、蒼志の頭を撫でる手が止まる。太ももの上に寝転ぶ蒼志が、私の目を覗くように眉を吊り上げた。


「蒼志は、変わりましたね」

「そう?」

「はい、目が、変わりました」


△▽の欲しい目になった?
と、愛しそうに私の頬に手を伸ばすもんだから、少し恥ずかしくなった私は、前よりは、ね?と返した。手に入れれば入れるほど、欲深くなる自分が恥ずかしい。


「厳しいな」

「欲深いですもの。仕方ありません」


あいも変わらず美しい顔を撫でる。私を見つめる蒼い目が愛おしくて堪らない。

指通りのいい髪の毛をさらりと撫で、前髪を横に流した。反対の手で軽く頭を持ち上げ、額に唇を落とせば、きょとん、と瞬きを繰り返す蒼志。そんな可愛らしい表情ですら愛しい。


「愛しています、蒼志」

「…ほんと、△▽には敵わないな」


穏やかに笑う蒼志に満足した私は、紅く咲き誇る紅葉を見つめた。蒼と相対する紅は、蒼志を引き立てるためにそこに存在するようだ。
先程拾ってきた一枚の紅葉を、空に透かすように掲げた。クルクルと手先で玩(もてあそ)べば、踊るように回る葉。

その様子がなぜか可笑しくて目を細めた。


「△▽」

「どうかしましたか?」

「…こっちを見て」


紅葉を持つ手を掴んで起き上がった蒼志。彼に視線を向ける前に、視界が蒼志いっぱいいっぱいになった。

ちゅ、と可愛らしいリップ音。
柔らかい唇がゆっくりと離れていった。ニコリと笑う蒼志。その顔が、少し拗ねたようなそれだった。そして私の顔にはみるみるうちに熱が溜まる。


「なんで赤ばっか見てるの」

「…蒼志、それは、嫉妬、ですか?」

「…俺以外を見ないでくれ」


そしてもう一度、ぐっと顔を寄せられる。ん、と小さな声が漏れた。長いキスの後、温かい蒼志の唇が何度も何度も重ねられる。

言葉1つ吐くことさえ許されない。少し強引な蒼志の行動に、ドキドキと拍動が強くなった。

数えきれないキスの嵐の後、離れ側に蒼志がペロリと私の唇を舐めた。その甘い刺激にびくっ、と背中が震える。


「△▽」


私を堕とすような視線で見つめられ、甘美な声で囁かれたら、もう私に勝ち目はない。


「朝比奈くんが、来ちゃいますよ」

「今日は来ない」

「誰かに見られたらどうするのです」

「俺の家なんて誰も覗かないよ。それに、あれに見せつけたいから」


そう言って彼がちらりと視線をやったのは、さっき私が見ていた紅葉樹だった。


「…木にも、嫉妬ですか」

「△▽が、俺を見ないからだよ」


スルリと腰を撫でられ、耳に唇を落とされれば、ピクリと揺れる体。一回だけ、と囁かれ、一回じゃ終わらないくせに、と内心思いながら彼のキスに応えた。

美しく、嫉妬深い私の蒼志。とん、と押されて床に背中がつく。長い髪に首をくすぐられ身をよじった。
髪を耳にかきあげる仕草に見惚れていると、今日何回目かわからないキスをされる。そんな愛しい彼の首に腕を回し、ちゅ、と離れた時に「蒼志」とつぶやいた。


「やさしくしてくださいね」

「…今日は、わからないかな」


え、と固まる私。誤魔化すように唇を重ね、頭を撫でる蒼志。

もう、どうにでもなればいい。





燃ゆる真摯
(ごめんって、怒らないでよ△▽)
(…死ぬかと思いました)