嘘の蜜の副作用

「コーディエ…あなた…」
「お久しぶりです、△▽」
「今更ノコノコと、どういうつもり?」
「△▽、こっちに来ないか?」
「…裏切り者め、」


数年前までは、ともに魔法を極めていた同士。けれど、今は国を、姫様を裏切った敵、コーディエが現れたのは、イデアルの都市から離れた東街のケーキ屋前。

今日はクリスマスイブ。姫様にケーキを作るための材料を買いに来たのに、何故かコーディエがいた。


「こっちって、レマン帝国よね?行くわけないわ。馬鹿じゃないの?」
「はは、ひどい言われようですね」
「それ以上喋ったら、攻撃するわよ?さっさと消えて」
「…『拘束(デトニア)』」
「!?」


白い糸が私を拘束する。買ったばかりの材料が地面に落ちた。キッとコーディエを睨みつけ、何が目的?と低い声で吐きつけた。


「△▽がいなと、俺が死んでしまうんだ」
「ハッ、なにそのウサギ体質は。私は別にどうってことないからいい迷惑よ。『切断(コルテ)』」


バラバラになった糸が空気に消える。ここでやりあったらかなりの損害を招くだろう。白の民が2人敵対している様子を見たいがための野次馬がうるさい。


「どこか移動しませんか?ここはあまりにも下品です」
「そう?ならあなただけ消えてくれない?」
「…つれないなぁ」


『剣の雨(エペ・プリュイ)』と囁けばその場から退くコーディエ。元いた場所には無数の剣。

こいつとは、できるだけやりあわずにいたい。本気で戦えばどちらかが必ず大怪我をしてしまう。


「…『空間移動(テレポーテー、)
「させないよ、『風の刃(ヴァンラム)』」


クルッと回転してその場を避ける。『蒸発(エクスハティオ)』と呟けばその刃も蒸発した。水蒸気が視界を遮り、コーディエの姿が見えなくなる。


「さすが△▽。動きも魔法も素晴らしいです」
「…わざとらしい」
「ですがやはり甘いですねぇ、『爆風(スーフル)』」
「っ『盾(ブクリエ、
「背後がガラ空きですよ、『魔術封印(マジー・カシェ)』」
「しまっ、…!?」


手首を捻られ、魔術を封印されてしまった。背後から聞こえた女の声に反応すると、そこには成長したフィオ様のような黒の民の女がいた。


「っ、フィオ様…?!」
「フィオ…?いいえ、私は、ストレン・フォシデ。」
「△▽、捕まってしまいましたね」
「…2対1だなんて、ずいぶん卑怯な真似するのね…この人は一体…」
「…私は、まがい物」
「……人体実験ね…なおさらレマン帝国には行けないわ」
「ですが△▽、あなたはもう魔術は封印されて、」
「バカね、私の得意魔法は詠唱じゃないの、忘れた?」


コーディエと会った瞬間からポケットに忍び込ませておいた石をぐっと掴む。しまった、という顔をするコーディエ。私はニヤリと口を歪ませ、『地雷(ミーナ)』とつぶやいた。その瞬間あたりで起こる爆発。


「っなぜ、魔術は封印したはずなのに…!?」
「コーディエが来た時点で魔術封印されるなんてわかりきってたわよ。悪いけど、私の方が一枚上手ね」


もしもの時のために常備している『魔術解放(マジー・リベラシオン)』の魔法陣が描かれた石。と、最初の『剣の雨(エペ・プリュイ)』で無数の『地雷(ミーナ)』を仕込んだ石をばらまいた。あちこちで起こる無数の爆発に、立ち上る煙。軍が動く警報も聞こえた。時期に来るだろう。野次馬たちは知らぬ間に逃げていた。


「…まだ石を使っていたんですね」
「私の得意技だからね。じゃあ、私はこれで」


『空間移動(テレポーテーション)』と呟き、そそくさとその場を後にする。ケーキの材料は仕方がない。近くの店で買うとする。





ルンルン気分で降り立った地は、私が思っていた地ではなかった。


「っな、!?」
「お、きたきた」
「わ、ほんと、美人〜」
「赤いコート、レマン帝国のっ…!?」
「『魔術封印(マジー・カシェ)』」
「っ、また、!?」
「『磔(クルチフィクス)』」
「きゃ、」


赤いコートの緑の民と赤の民。私が混乱している間にあっという間にまたも魔術を封印され、十字の形に磔にされた。

そして後からやってきたコーディエとフォシデという女。コーディエが私を見るなりニコリといつものように微笑んできた。


「やはり、△▽は甘いですね」
「どういうこと、何が起こって…」
「野次馬がいなくなった時、不思議に思いませんでしたか?」
「…空間を作っていたのか…!?」
「最後のは幻術ですよ、△▽。あなたは昔から幻術によくひっかかっていましたね」
「っくそが、!」
「なぁ、この女何者?」
「アルガンジュの姫様直属の騎士で、私の元同期ですよ」
「ふーん」
「今からはレマン帝国の仲間ですけどね」
「誰がなるか!裏切り者!姫様には一切手出しさせない!!」
「この状況でも強気だな〜」


ぐっと力を入れてもピクリとも動かない。魔術解放の石はポーチの中。どうにかしてとらないと、…まずい。


「石はこの中ですね」
「っ、コーディエ…!」
「へぇー、こんなちっちゃい石の中に魔法陣が埋め込まれてるんだね〜」
「△▽さん…」
「では僕は△▽を連れて自室に戻りますね。ご協力感謝します」
「ほいよー」
「はーい、じゃあね、△▽さん」
「……」
「待て!石を返せ!」
「行きますよ、△▽。『空間移動(テレポーテーション)』





▽△




「着きましたよ、△▽。僕の自室です。」
「…これは、姫様の…」
「姫様が初めて冠を被られた時の写真です」


気づけば磔からは解放され、腕を拘束という簡素なものになっていた。

コーディエの部屋は無数の本とベッドしかなく飾りっ気がなかったが、唯一部屋に並べられていたのは写真立て。その中には笑顔の姫様やチェライト師匠、アウィン師匠、そして私もいた。


「!これは、」
「それはあなたが中級魔導師になった時のお祝いの写真ですね」


コーディエたちは、私よりも先に中級魔導師になって、大魔導師の師匠なのになかなか上がれなかった私に、コーディエはつきっきりで特訓してくれた。念願の中級魔導師になった時は、誰よりも喜んでくれたのは、コーディエだった。


「…どうして、姫様を裏切ったの、?」
「…それは、まだ言えません」
「私は、信じてたよ、コーディエ。あなたのことを誰よりも」
「……」
「あの日、私に告白してくれたのは、嘘?」
「っちがう!!うそじゃない!!俺の本心だ…!!」


革命が起こる前日、コーディエは私が好きだと言った。照れてしまって考えさせて、と言った次の日には、彼は裏切り者の立場にいたけれど。


「私は好きだったよ、コーディエのこと」
「!?」
「でも私には、姫様を裏切ることはできない」
「△▽、」
「だからコーディエ、あなたの気持ちは私には迷惑よ」
「っ、△▽、」


ギュッとコーディエに抱きしめられた。それでも私の心は動かない。目を瞑って顔を背けた。かすかに聞こえたのは、コーディエのお願いという言葉。


「このままじゃ、△▽があの人の元に…」
「あの人?」
「お願い△▽、仲間になると一言言ってくれたらいいんだ」
「何度言ったらわかるの、私は」
「時間切れだな、コーディエ」
「っ、」
「!? お前は…『恐ろしい者』…!?」
「残念だな、コーディエの言うことを聞いておけば実験室なんかに行かなくて済んだものを」
「実験室…?」


ばっとコーディエの方を見た。眉間にしわを寄せ、唇を噛み締めている。『恐ろしい者』が私とコーディエを引き離し、私の腕を強く掴んだ。負けじと睨み返すも、奴からにじみ出る殺気に体が無意識に震えた。


「震えているのか?弱者はこれだから…」
「私が弱者ですって?」
「あぁ。罠にも気づかず、まんまと引っかかり今から記憶を改竄されるだなんて、弱者そのものだろう?」
「記憶を…!?させない!!『魔術解放(マジー・、
「じゃじゃ馬だな、『睡眠(ソメイユ)』」


血で書いていた魔法陣を発動させる間もなく、私の意識はそこへと沈んだ。最後に聞こえたのは、コーディエの微かな私を呼ぶ声だった。





愛してるすら嘘のよう
(あぁあぁぁぁぁぁああ!!!)
(アイト様、もっと楽な実験だと聞いていました…!)
(「俺があいつに頷かせることができたら、実験は取りやめてくれ」か。憐れだな、愛した女の叫び声しか聞くことができないだなんて)
(っ、!)
(愛する女を救うことも寄り添うこともできない、それがお前だよ)







サヨナラ、あとは海の底