マグノリアの憂鬱

「フォリア様!」




市内の、それもアン様のお屋敷の中庭で一人の女性の声が響きました。聞き覚えのある愛しい声に顔をしかめるマスター。そして細く笑う私。あぁ、久しぶりに見る△▽じゃありませんか。




「△▽……」
「おや、珍しい客人ですね」
「ターフェ、今の声は…っきゃ…!!」




突如宙に浮くフィオ様。そしてフィオ様の行く先には当然のように△▽がいます。あの頃よりも少し若がえったのでしょうか、妖艶な姿の中にわずかに幼さが隠れています。




「お待たせして申し訳ございません。フォリア様、もう危険な目などに合わせません、さあ行きましょう」
「っ、待ってください!あなたは一体…」
「いや、もうフォリア様ではないのですね…。フィロ・フィオール・フォスフォール様、貴女様をお迎えに上がりました」
「待って、あなたは誰なんですか、」
「これはこれは、久しぶりですね、△▽さん」
「…アンブリゴ・フォスフォール…生きていたのですね…」
「変な魔力を感じるなーって思ってたらあんたか」
「モンテ・ブラサイト。相変わらず天使なのに肌が黒いんですね。」
「うるせぇ、フォリア中毒者」
「あなたもしぶとく生きていたみたいですね」
「ターフェアイトにかけられた呪術を解くために眠っていました。解いた反動で若返りましたがね」
「…何しに来た、△▽」




イライラを隠さないマスターが△▽をにらめば、フィオ様に跪いていた体を起こし、背中に隠すように立ちはだかる。マスターに真正面から睨み返す方は当時少なかったですが、△▽の眼はいつまでも変わりませんね。




「あなたからフィロ様を守りに参りました。あなたのような悪魔がそばにいてはフィロ様が危険だ」
「私からそいつを守るだ?馬鹿なことをいう癖は変わらないな」
「フィロ様に厄介な禁術をかけましたね……。フィロ様、少々待ってくださいね、今その契約魔法を解きます」
「させるか、『致命傷の剣(ヴォーパル・ソード)』」
「『反逆(リベル)』」




お得意の反対呪文かと思いきや普通の防御魔法を使った△▽。マスターを苦しめたあの魔法はまだ使わないつもりですかねぇ。




「フィロの術を解いてくれるのはありがたいですがどこへ連れていくつもりですか?△▽さん」
「教えるわけがないです。まぁ少なくとも、あなたたちからもレマン帝国からも見つからない場所でしょうか」
「あなたはまさか…過去にターフェアイトを裏切って王国側についたとされる消滅魔法の…」
「フィロ様にまで私の存在を知られているなんて光栄です…!あとは私にお任せください、フィロ様。」
「いけません、私はここでやるべきことが、」
「少しお眠りになってください、『かの者に深き眠りを与えたまわん 睡眠(ソメイユ)』」




淡い光に包まれたフィオ様はそのまま膝から崩れ落ち、△▽へともたれかかってしまいました。眠っているフィオ様はやはり天使です。




「ターフェアイト、このまま放っておくつもりですか?」
「まさか。『破壊(クラッシュ)』」
「『掻き消せ 雷王星(シュヴァルツェス・ロッホ)』」




おやおや、消滅魔法はまだ使わないつもりですか。今の△▽が使った魔法は今から当分こちらの攻撃が吸い込まれてしまう禁術ですね。まさか苦手な体術に持ち込もうとでもしているのですかねぇ?彼女の体術は壊滅的なのでこちらに分がいいと思うのですが。……おや?




「…なぜその魔法をすぐに消した」
「体術は苦手なので。まぁ魔法なら……あなた方でも勝算があると踏んだまでです」
「面白いことを言うようになったな、△▽」
「あなたはつまらなくなりましたね、ターフェアイト」
「消滅魔法はまだ使わない予定ですか?△▽さん」
「使いすぎると熱暴走(ヒートショック)を起こす危険があるのでね」
「っち…まぁいい、お前を追い詰める方法はいくらでもあるからな」
「させません、『剣よ、降り注げ 剣の雨(エペ・プリュイ)』」
「チッ…『竜巻(トルナード)』」




一歩も動かない△▽とマスター。アン様とモンテ様、さらにマスターがいるというのに全く引く気がない△▽。そういえば昔からマスターには反抗的でしたね。
△▽の成長に笑っていたらマスターが声をかけてきた。おや、もう私の出番ですか。久しぶりの対面はとてもうれしいものです。「はい、マスター」と一声かけ、帽子に収まっていたわが身を解放した。




「………マスグラ…」
「お久しぶりです、△▽。今日も相変わらずかわいい姿をしていますね」
「黙れ。『異界の者よ、あるべき場所に戻りたまえ 退去(ボル、)
「甘いですねぇ、」




パチンと人差し指を鳴らせば黒い枷が△▽の四肢の動きを封じましたが、すぐに△▽はそれを消滅魔法で解いてしまいました。相変わらず解読する速さは並ではありませんねぇ。




「あの時の速さは変わらないようですね」
「………お陰様で…」
「アン、消滅魔法ってあんまよくわかんねぇんだけどよ、」
「…消滅魔法と言うのは、過去でも△▽さんにしか扱うことのできなかった特殊なものですよ。様々な魔法を無力化することができるのです。」
「そんなことできんのか?」
「要は魔法を解読し、細分化するのですよ。それには使われた魔法の魔法陣を知らなければならないのですが……彼女にはそれがわかるようですね」
「そういう魔法か?」
「いえ、才能です」




間髪入れず攻撃を繰り出す△▽。本当に、私への警戒心は人一倍ですねぇ。




「そんなに私がお嫌いですか?△▽」
「名前を呼ぶな!殺したいほど大嫌いだ!!」
「随分嫌われたものですねぇ。冥界で体を重ねた仲でしょう?」
「っ黙れ!!『壊れろ(フィーン)!』」
「ねぇ、△▽」




一瞬で彼女の手を掴み、距離をなくせば目を見開く△▽。震え上がった彼女の腰に手を回し、動けなくすると反対側の手で私の体を押してきました。そんな非力な力で離れられるわけがないのですが、ね。




「っや、」
「△▽」
「〜〜っ、」
「また、『お仕置き』されたいのですか?」




わざと耳に息を吹きかけるように囁けば、耳が敏感な△▽は抵抗などできません。顔を赤らめ、ぎゅっと目を閉じて唇を噛み締める様子は行為中の△▽を思い出させます。




「…△▽さんがどうして貴方の使い魔に恐怖を抱いているのかがよくわかりましたよ」
「消滅魔法の速度が遅かったあいつを鍛えたのはマスグラだからな。まぁ鍛えたと言ってもあいつの嫌がることをしただけだが」
「一時期、△▽がどこにもいなかったのは?」
「マスグラが冥界に連れて行っていた」
「なるほどね……どうりで失踪後、初めて消滅魔法を見たときに飛躍的に細分化速度が上がっていると思いましたよ」




「嫌がることとは失礼な。△▽も楽しんでいましたよね?」
「んなわけ、!」
「おや?私に歯向かうつもりですか?躾がなってませんね、すぐに冥界に行きましょうか」
「いや、だ…んっ、!」




首に甘噛みするとピク、と反応する△▽。どんな状況でも感じるように調教した甲斐がありましたね。掴んでいた手を離し、後頭部を押さえつけてキスを落とせばもう何もできない△▽。脇腹をさすったときに小さく口が開いた。それを見計らって舌を入れ、口内を犯せばガクッと膝が折れてしまいました。




「フィオ様を攫おうとしてしまう悪戯っ子は誰ですか?」
「んっ…わ、わ…たしで…す、」
「淫らでかわいい△▽、今度また悪戯をしたら冥界に連れて帰ってしまいますよ」
「ごめっ、ん、なさ…」
「はい、よろしいです」




涙を流しながら許しを請う姿に背筋がゾクッとしました。今度、なんて言わずに今すぐ連れて帰りたくなります。
△▽の涙に唇を落とすと背後にはマスターの気配が。少し不機嫌そうですねぇ。




「ハッ、いい顔をするようになったじゃないか」
「…ターフェアイト、」
「お前は使える。あの頃のことを水に流してやろう。その代わり俺の駒になれ」
「…拒否権なんて、無いくせに」
「拒否した場合どうなるかわかってるんだろう?」




視線が下を向いた△▽。チラリとフィオ様を見るとまたマスターを睨みつけました。まったく、本当に調教し直しが必要のようですね。




「…フィロ様を守るためなら、駒になってやる…!」
「ん……△▽、さん…?」
「っフィロ様…!」
「どうして泣いて…?ターフェ、△▽さんに何かしたのですか?」
「私じゃない。マスグラだ」
「マスグラさん…」
「フィオ様っ、そんな軽蔑するような目で…!」
「戻れマスグラ」




私とフィオ様に従順な△▽もなぜかマスターにはまだ反抗的で。まぁなんにせよ、△▽がこちら側にいてくれるというのなら大きな戦力になりますし、私には従順なのでいつでも遊べますし、なにより…




「マスグラが『お詫び』にお前の家に行きたいそうだ、△▽」
「っ、」
「…ターフェ?△▽さん?」
「いらない!」
「そうですか、残念ですねぇ」




クスクス笑いが止まらないマスターと頭にハテナマークを浮かべるフィオ様。そして眉を顰めて、私を睨みつける△▽。あぁ、愉快です。実に愉快です!




「これからどうなるだろうなぁ、マスグラ」
「そうですねぇ、…とても愉快です」
「…またよからぬことを考えてますね、ターフェ」
「…もう、繰り返させない、」




そう呟いた△▽は、とても儚く、美しく、大変魅力的でした。







マグノリアの憂鬱
(御機嫌よう、△▽)
(っ、なぜ私の部屋に来た…出て行け!)
(『お詫び』に来たのですよ)
(いらないとッ…、!)
(申し訳有りません、△▽。お詫びに極上の快楽を差し上げましょう)