午前0時のハルシオン

「君、名前はなんていうの?」
「え、わ、私ですか?△▽と申しますが……」
「ふーん」




ふーんと言われても……。

絶賛盗賊に追われ中の私を救ってくれたのは緑の民の…お兄さん?で。あっという間に大勢の盗賊を蹴散らしてくれたこの人はきっとかなり強い魔法使いだと思った。





「あの…助けてくれて、ありがとうございます……」
「よくこういうのに追われるの?」
「はい…この髪の毛ですから……」





白銀の髪の毛に青い眼。売ればかなり価値のある私は間違いなく白の民。とは言いつつ、幼い頃に両親を亡くし、つい1年前まで裕福でない祖母の家でお世話になってたから魔法学校だなんて立派なところには行っておらず、魔法なんて陣を描かなきゃできない。




「どこに住んでるの?」
「え、あ…その……」




結論から言えば、私には家がない。その1年前に祖母が息を引き取ったのだ。そしたら意地悪なお母さんの妹がそのお家を売ってしまった。
なにもお世話になっていない叔母はお金に汚くて、今私がこうして追われている原因も叔母が白の民である私の情報を売ったから。





「えっと…あえて言うなら、木の上ですね」
「……涙ぐましいね」




すっごい憐れみを含んだ目で見られたけど本当に残念だと思う。おばあちゃんが残してくれたお金を本当に少しずつ使いながら木の上で寝たり時には野良猫と寝たり。

でも雑草魂で生きることができるほど私は図太い人間じゃない。たまたまどこかの魔法使いが落としていった魔法の本。それのおかげで今私は生きることができている。





「よく生きていけるね」
「水と果実には困らないので、」
「魔法で出してるの?」
「正確には魔法陣を書いて出しています」
「……その本、どうしたの?」
「拾いました」
「読めたんだね」
「まぁ…なんとなくで読んでます、」





いつのまにか普通に話してしまっているが、もうすでに日が暮れてオレンジ色だった空も紺色が混ざってきた。目の前の強い魔法使いさんはかなりいい服を着ているからきっと王族だろう。早々に帰らないといけないと思う。





「あの、もう日も暮れましたし、そろそろおかえりになった方がよろしいのでは……?」
「もう大人だよ?門限なんてないよ」
「はぁ……そうですか、…」





見れば見るほど不思議な人。なんとなくもう少し話していたいような気もするけど、あいにく私は腹ペコだ。この人には聞こえていないかもしれないが何回かお腹が鳴った。





「…すいません、お腹が空いたのでご飯を食べてもいいですか?」
「魔法で出すの?」
「まぁ、…今日はりんごと梨です」
「変わらないよね、それ」
「食べれればなんでもご馳走です」
「質素とか貧乏を通り越してサバイバルだね」





ちょいちょい失礼な人だな…。私だって一度くらい王室みたいな暮らしがしてみたいさ。むすっとした気持ちを心の中にしまいこんだ。顔に出ていないことを願う。





「…考えていることがよく顔に出るって言われない?」
「……動物たちがそう思ってるかもしれないですね」
「あ、喋る人もいないんだ」
「たまに来る盗賊とか、街に出た時のお店の人とかしか喋りませんからね」
「ふーん」





いや、ふーんと言われましても…。本日二回目のツッコミをし、そろそろ本当にお腹が限界を迎えていた。あの、本当に私ご飯食べたいです。





「魔法で出すところ見てていい?」
「いいですけど…面白くもなんともないですよ…?」
「まぁ、面白くはないと思う」
「…変な人ですね」
「君には言われたくないかな」





失礼な。と思ってもここで返したら本当にご飯が食べられない。すっかり暮れてしまっては何を書いてるかすらわからない。陣が見えないとさすがに何もできないからね。

適当に丈夫そうな木の枝を見繕って地面にガリガリと線を描く。もうりんごと梨ならすっかり覚えた。これで3日は持つな、と思うと心が躍る。





「…楽しそうだね」
「食事は偉大ですからね」
「いつもどのくらいで書き終わるの?」
「あとこの一本だけです」
「え」





そこまで大きくない魔法陣。最初は大きすぎるわ難しすぎるわで書くのに40分くらいはかかってたけど、今は慣れたし魔法陣も簡略化できることを知ったからほんの数十秒で書き終えることができる。





「え…これだけ?」
「はい」
「ふーん…」





でた、「ふーん。」そんなこと言われたって何て返せばいいか分からないじゃん!なんてむすっとしたけどまぁ心を穏やかに、私。

土に描いてた木の枝を魔法陣の中にポトリと落とす。その瞬間に陣の中心からピカッと光りが発生して、その瞬間にニュキニュキと中ぶりの木が出現した。そこにはリンゴと梨がみずみずしく実っていて、よしよしと自分に満足する。



「…驚いたよ」
「え?何がですか?」
「これって魔法陣を簡略化して書いたんだよね?どこで簡略化できるって知ったの?」
「どこでと言われましても……なんとなく、出来る気がして…」
「りんごと梨だって二つとも異種なのに同じ木からなってるのはおかしいよね」
「二つとも木からはえてるからいけるかな、と…」
「……ねぇ、今から君にとって美味しい話をしてもいい?」
「えっ…!私、ピザというものが食べてみたいです」
「食べ物の話じゃなくて」



なんだ違うのか。夢にまで見たピザを食べれると思ったのに。あからさまに気分を落としてぶっきらぼうに「なんの話なんですか」と言った。



「俺の元に来ない?」
「なんでですか」
「なんでって言われても…」
「魔法の修行でもするんですか?」
「まぁそんな感じかな」



意味がわからない。別に私は魔法使いになりたいわけじゃないし、ただお腹いっぱいご飯を食べれてあわよくば危険のない布団で寝ることができれば幸せなのだ。この人についていったらなんだか嫌な予感しかしない。



「いやです」
「きっぱり言うよね」
「別に私は魔法使いになりたいなんて微塵も思ってないです」
「ピザ、食べれるけど?」
「っ…」
「俺の元で暮らしてたらそれなりに裕福な暮らしができるよ。ご飯だってお腹いっぱい食べれるし、ふかふかのベッドだって楽々買ってあげれるし俺がいるから危険に晒されることもない。」





ーーーそれでも、来ない?






天使の御言葉か悪魔の囁きか。どっちだっていい。ご飯を食べられるだけで私の返事は決まっている。ニヤッと笑って手を差し伸べてきたその人の手にそっと自分のを重ねた。その瞬間、バチッと体に電気が走った上にグイッと体が引き寄せられた。されるがままの私は目の前の人に抱きつくかたちで突っ込む。

その時脳内に流れ込んできた映像。知らない人ばかりだった。これは、彼の記憶だと直感した。





「捕まえた。一生俺から離れられないよ」
「……騙しましたね」
「案外ちょろいね、△▽」
「……サンドラ、フォスフォール………一国の裏切り者と言われてて、…この本の著者でしたか」
「さぁね」
「なんですかこの魔法。相手の過去が筒抜けじゃないですか」
「ありゃ、失敗したか」
「とんでもない人と契約したなぁ…」
「……君も大概だけどね」






午前0時のハルシオン
「どうせ離れられないから今日から君は俺の嫁な」
「絶対逃げてやる」
「二回も逃げられるなんて思わないでよね、今度は油断しないよ」
「……は?」