木の葉 | ナノ





私は肌寒い春が好き。一番心地よくて、他のみんなも会えるのが楽しみねって言ってくれるから。

でも、お昼間に暖かくなる春は嫌い。臭くて嫌な匂いを漂わせる人や、ジロジロと私をみてくる人がいるから。それに盗撮してくる人だっている。私の写真を撮りたいのなら、事務所を通してくれないとほんと嫌になる。

私は人に触られるのが嫌い。なんせ潔癖症だ。誰かに触れられると、気持ち悪くてすぐに肌が荒れてしまう。そこから病気にもなる。でも触らないでなんて言う勇気はないから、ずっと黙ってる。

私はみんなといることが好き。一人は寂しいから。でもたまに、一人で孤高の狼のような子を見ると、かっこいいなって思う。たった一人でそこに存在しているだけなのに、そういう子に限って圧倒的な存在感を示しているから。

でもやっぱり、みんなでいる方が心強くて、安心する。
たまに愚痴とか言えるしね。

「うわぁ、お酒と焼肉くさい…」

「風向き考えてって話だよね。…え、ちょっと待って、あのお父さん、ゴミ地面に捨てたよ、それも子供の前で!」

「ああいう大人の子供がまた、大人になったらゴミを捨てるような人になるんだもんね。やだやだ、無限ループ」

「いやぁぁぁ!!触られてる!!さわられてるよぉぉぉっ!!」

「うわ…どんまい…」

「なんでセクハラで訴えられないの!?ほんっといや!また肌が荒れちゃう!!」

いくら上っ面で褒められたところで、私の友達は春が嫌いな子が多い。こっちが必死に一年かけて咲かせた花を、ニンゲンたちはおもちゃのように扱ったりするから。

『見てー!桜〜!満開ねぇ〜』

『写真撮って〜!』

『春がきたなって感じするなぁ』

『まさにお花見日和だな!』

私たちは別に、ニンゲンに喜んでもらうために花を咲かすんじゃない。ただ自分たちが生きるために咲かせているだけだ。それなのにニンゲンときたら、この季節のほんの一瞬だけやたらめったら群がって、写真を撮って、騒ぎ立てて、ほんと良い迷惑。

『わぁ!桜吹雪だ!』

『きれい〜』

『ストーリー撮った?』

『ちょっと、そこ花びらめっちゃ落ちてるから座らないほうがいいよ』

『ほんとだ、汚れちゃう』

ニンゲンたちは地面を見ない。桜吹雪だなんだと言ってキャッキャとうるさいが、落ちた花びらをニンゲンたちは一切見ない。

彼らは、綺麗を軽々しく踏み潰す。
落ちた花弁も命のかけらなのに、土に汚れたら汚いと言われる。
本当に、ニンゲンは身勝手だ。

「いたっ…!」

「え、ちょっと大丈夫!?」

「うぅ…花ちぎられた…っいたぁ…!」

「なにこの子達、花ちぎってるの!?」


『見てみて、桜ヘアー!』

『え、まじかわいい!インスタ載っけていい?』

『私もやろーっと!』


「い…っ!いたっ、いたい…っ!」

「信じられない…!たかが写真撮るためだけに…!?」

「くそーっ、この、やめなさいよ!!ニンゲン!!」

「無駄だよ、ニンゲンに、私たちの声なんて届かないんだもん…」

春なんて、来なければいいのに。
どうして私たちは、こんな酷い目に合うんだろうか。どうしてニンゲンは、私たちの声を聞こうとしないのか。

異臭、明るすぎる電気、ちぎられる花、おられる枝、捨てられるゴミ、そしてそれに群がる害虫。
春を越すたびに、来年まで生きていけるかいつも怖い。もしかしたら、虫たちが私たちの体を蝕んで、命を絶たれてしまうかもしれないから。
ニンゲンたちが触れた箇所が腐っていって、木としての機能を失ってしまうかもしれないから。

「…ただ、生きてるだけなのにね…」

「仕方ないよ、綺麗だなんて言われるけど、実際本当に綺麗だと思ってる人なんて少ないだろうし」

「あーあ、いつも虫を殺してくれてたおじいさん、いなくなっちゃったもんね」

「年だったもんね、あの人」

「ムスコが金稼ぎなんて始めたからこんなことになったのよ!」

ニンゲン嫌いの桜は多い。お隣さんをニンゲンに殺された子もいるから。
ニンゲンは、畏怖の対象で、恨みの対象で、常に怒りの矛先だ。

花をちぎられて痛がる子。その目の前で、楽しそうに笑うニンゲン。カメラなんて構えちゃって、今の自分たちの行動が一番醜いのをわかっていない、愚かなニンゲン。

やっぱり、ニンゲンは、嫌い、。

『ちょっとあんたたち!なに桜ちぎってるのよ!!』

『っえ、ちょ、なんですか…?』

『ちょっと、イノ、』

『桜はね!!触れたところから病気になっちゃうのよ!!しかも花をちぎるなんて言語道断よ!!桜が可哀想だと思わないの!?』

『なにこの人…もう帰ろ、』

一人の、ニンゲンの、叫び声。
桜たちが一斉に会話をやめた。憤る少女に、みんなの視線は釘付けだった。

『信じられない!桜はポンポン生えるようなものじゃないのに!』

『きっと知らなかったんだろうね、そのこと』

二人の女の子が、そこにいた。

一人は、私たちのために怒ってくれた子と、もう一人は、私たちの花弁と同じ髪色を持った女の子。

『花屋の娘としてあの行為はほんっとうに許せない…くそぉ、あいつら…!』

『花、大好きだもんね、イノは』

そうか、金髪の女の子はお花屋さんの子なのか。
お花屋さんの子は、私たちに優しくしてくれる人が多い。たまにおじいさんのムスコみたいにがめつい男がいるけど、それでも優しい目を向けてくれる人が多いから。

『一度枯れた花はもう二度と咲かないの。だからどんなに見た目が同じでも、毎年咲くとしても、一輪一輪、大切にしなきゃダメなの』

『…そっか、ならなおさら大切にしないとダメなんだね』

仲間が誰1人として口を開かなかった。こういう子は、珍しいから。優しい目を向けてくれても、なにもしない人が多い。その中で、女の子は私たちを守ってくれたんだ。
その事実に、心がじんわりと暖かくなった。

『桜って、すごいよね』

『どうしたの?急に』

『桜の下にはさ、いつの時代でも必ず人が集まるから』

桜色の髪の毛の女の子が、黄緑色の瞳をやんわりと細めて私たちを見上げた。
まるで、私たちがニンゲンになった姿のように、美しかった。

『花は、咲くことが一番の仕事だけど、その仕事が人の心も体も動かすからね』

だから花が好きなの
金髪の女の子の言葉に、グッと何かがこみ上げた。涙は出ないけど、代わりに花びらがヒラヒラと彼女たちに向けて舞っていった。

くだらないことをするニンゲンは、多い。ニンゲンは身勝手だ。自分たちの欲のままにしか動こうとしない。そんなニンゲンたちに見世物にされる春は、嫌いだ。

でも確かにこの瞬間、私は前よりも春が好きになった。咲きたくないとさえ思ったけれど、やっぱり咲いてよかったと思えた。

『サクラ』

金髪の女の子に、名前を呼ばれた。「なぁに、どうしたの?」そう答えるように風が通り抜けて、私たちに返事をさせてくれた。
でもその声と同時に、綺麗な声が風とともに乗っていった。

『ん?どうしたの?イノ』

目を見開いたのは、私だけじゃないはず。
桜色の髪の毛の少女は、確かに「サクラ」の名前に返事をしたのだ。

『あんた、その名前に自信持ちなさいよ』

そんな素敵な名前は他にないんだから。

金髪の女の子は、迷いなくそう言った。これほど誇らしいことがあるだろうか。ただニンゲンの娯楽の一つに成り下がっていた私たちが、こんなにも素敵なニンゲンに見てもらえて、守られて、そして名前になった。

「…なんだかんだで、今年も、咲くことができて良かった」

「ほんと、そうね」

当たり前じゃないこの命。寿命があるこの命。いろんなものに脅かされて、怯えて、諦めて、怒って、喜んで。
私たちだって、ニンゲンと変わらない。ニンゲンに仕事があるように、私たちにも、花を咲かせる仕事がある。

毎年咲く花は、決して同じじゃない。毎年、一輪一輪、綺麗に咲くことができるように、花粉を運ぶ動物に、虫に、風に、見てもらえるように必死に綺麗な花を咲かせている。

「ありがとう、イノ、サクラ」

咲かせることを諦めたくなる時もあったけど、それでも、彼女たちのようなニンゲンがいて、私たちを待っててくれて、向き合ってくれるなら、来年も咲き誇ろうと心に誓った。


花弁少女
「え…?」
「…ふふ、桜にお礼を言われたみたいね」
桜の花弁を舞い上がらせた風の音が、「ありがとう」と告げているように感じた。


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花弁少女