木の葉 | ナノ





「くだらん、却下だ」


腕組みをして目を閉じて明後日の方向を向くネジ。
そのなにも言わせない態度にイラっとする。こめかみをピクリと震わせ、赤い箱を持つ手に力が入る。


「いいじゃん!一本くらいさ!」
「馬鹿馬鹿しい。そんなことに割く時間などない」


事の発端は、今日が11月11日だということと、さっき目の前でどこぞのカップルがしでかしたことが原因。


「ポッキーゲームなんて減るもんじゃないじゃんかー!」
「くだらんと言ってるんだ」


ぴしゃり。
眉間に皺を寄せて冷たい目を送るネジ。あまりのシャットアウト感に悲しさすら感じる。


「…じゃあいい」
「そうしてくれ」


俺は忙しいんだ。そう言って棚から巻物を取り出すネジの後ろ姿をポツンと眺めた。
結婚してからというもの、まだ3ヶ月しか経ってないのにピタリと止んでしまったいちゃいちゃ。
そりゃ、わたしだってたまにはネジとそういうかわいらしいことしたいのに。ネジは決まって嫌がる。くだらん、と言って。


「……」
「そんなに見てもせんぞ」
「わかってる、」


寂しくないと言ったら嘘になる。でもこれ以上しつこく言って、嫌われるのはもっと嫌。
ポッキーと書かれた赤い箱を片手に、夕飯の準備をしようと台所に向かった。式以来、キスしたっけ…?

はぁ、と小さなため息が出る。結婚したら終わりなのかな、なんて思ってしまうほど、この寒い季節はネジの人肌を求めていた。



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「ごちそうさま」
「置いといていいよ、後でまとめて洗うから」
「…あぁ」


冬の手抜き料理といえばお鍋に限る。具材をぶっ込んでお出汁がグツグツ煮えるのを待つだけだから。


「**」
「ん?」
「…なんでもない」
「…?そう、?」


パクパクと最後の具材を噛み締め、ごくん、とそれを飲み込んだ。ごちそうさま、と手を合わせれば、いつもと違ってネジが台所の近くで立ちすくんでいた。


「部屋、戻らないの?」
「いや、戻る、が、……」
「なんかデザート食べたい?」
「デザートか、…あぁ、そうだな」
「んー、今なんかあったっけなー、」


食器をシンクに置き、パタパタと冷蔵庫に近寄り戸を開けた。うーんうーんと唸りながら見渡すが、めぼしいデザートとなるものは特にない。
あ、そう言えばハロウィンの嫌がらせで買って置いたかぼちゃの半分がまだ残ってた。腹いせに明日使お。


「ごめんネジ、特に何にもなかっ、…んぐっ、!?」


クルリと振り返った途端、口の中に突っ込まれた細い何か。これ以上の侵入を避けようと歯を食いしばれば、サク、と小気味良い音を立てて折れるそれと、口の中にわずかに広がるチョコレート。


「…ポッキー?、んんっ、!?」
「咥えろ」


またも口に突っ込まれ、為すすべなくネジの言う通りに唇で挟んだ。何が何だかわからず、ただネジを見つめたが、次の瞬間、ネジがポッキーの反対側を口で咥えた。


「っ、ちょ、待って!?」
「噛み切ったな、お前の負けだ」
「まっまって、っんぅ、!?」


驚きすぎてポッキーを歯で噛み切ってしまった。ポッキーを口から外して、一気にわたしと距離を詰めるネジ。近づく胸板をぐっと押し返したが、強引に首に腕を回され、その距離がゼロになる。

無理やり合わせられた唇。冷蔵庫に体を押し付けられ、思うように動けない。


「っはぁ、…第2戦するぞ」
「待って、ちょっと、ねぇ、いきなりすぎるし、くだらんって言ったのネ、んんんー!!!」
「うるさい」


問答無用で、さっきの食べかけをまたも口に突っ込まれる。さすがにもう噛み切るわけにもいかず、ネジが黙々と端から近づいてくるのを顔を赤くして待つしかできなかった。


「っあ、」
「ん…」


サク、と最後に音を立てて、唇が触れ合う。柔らかい感触に恥ずかしくなって、ぎゅっと目を閉じた。

が、それもすぐに開かれることになる。


「っんん、まっ、んぐ、!?」
「ん、」
「っも、おわ…ッ!」


ぐ、と後頭部を押さえつけられ、ゼロになった距離をさらに詰めようと齧り付くネジ。
はぐはぐと貪るようにがっつかれ、時折聞こえる粘膜を擦れ合わせる音がなんとも体を熱くした。


「んー!、んっ、!」
「っ、はぁ……」
「ん、っ、な、にしてんの!?」


渾身の力を振り絞ってべり、とネジを剥がす。ネジの顔は、いたずら成功、と言いたげに歪められていた。


「なにって、ポッキーゲームだ」
「ちがいます、!こんな卑猥なゲームじゃありませんっ、!!」


ほんのちょっとキスするだけで良いのだ。こんなに、深いものじゃない。
はぁ、はぁ、と僅かに息が乱れているのを必死に直している途中、かさりと袋の音を鳴らしてポッキーを構えるネジ。
待って、待って、と制止をかけても無駄だった。


「一回休憩し、〜〜ッ、!」
「却下だ」


サク、サク、サク。
徐々に近づいてくるネジ。やられてばっかが悔しくて、ほんの少し進んでみたが、視界にネジの唇が入った途端、ぎゅ、と歯に力を入れてしまった。

無理だ、こんなの恥ずかしすぎて、耐えきれない。


「**の負けだな」


残ったポッキーを食べきったネジが口角を上げた。またポッキーを突っ込まれる、そう思ってぐぐっと口を閉じた。

しかしやって来たのはポッキーでもなんでもないもの。


「んんっ!?」
「ん、」
「っあ、ん、ぁ、っ!」


両頬を手で掴まれ、何度も何度も角度を変えて口づけされる。
意味がわからなくて、必死に顔を背けた。


「なんでキスして、っ、あ、」
「罰ゲームだ」


べろり、と口の中に舌を突っ込まれる。ほんのりチョコを漂わせた舌が口内で暴れまわる。

するり、するりと体を這う手のひらにも、時折熱い息を流し込んでくる口腔にも、意識を持っていかれる。とうとう立っていられることができずにカクン、と膝を折った。


「っふ、ぁ、んぁ、っ!」
「ん、はぁ、…」


ネジの足がさらにわたしの体を拘束する。逃がさない、とでも言いたいような行動にゾクゾクと何かが背中を這い上がる。

最後にちゅ、と可愛らしい音を立てて離れた唇。そこには透明のキラキラした糸がわたしの唇とつながって、ぷつりと切れた。


「も、いいです、ごめんなさい、っ、」
「俺はまだ足りん」


そう言ってわたしをひょいと抱え込み、ポッキーを器用に掴んでスタスタと歩いて行くネジ。


「むり、も、勘弁して、!」
「先に言ったのはお前だ。最後まで付き合え」
「最後って、」
「言わないとわからんか?」


にやり、と目を細めるネジ。ガチャ、と唯一洋風である寝室の扉が開く音がして、わたしは全身の血の気が引いていった。



コットンキャンディーの罠
翌朝、ベッドサイドには中身のなくなった銀の袋が二つ転がったとさ。


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コットンキャンディーの罠