木の葉 | ナノ







「**先生」
「ん?あ、サイくん?」


おはよー、とまったりした声で手を振る**先生。覇気も警戒心も微塵もないその姿に思わず気が抜ける。まぁ、ただの教師だと言うのだから仕方がない。


「仕事ですか?」
「うん、サイくんも?」
「はい」
「そっか、忙しそうだね」
「**先生はそうではなさそうですね」
「う、痛いとこ突かれたな。。」


蕩けたような顔で笑うこの顔がいつも腹立たしかった。気を抜いたらこの顔が頭を支配して離れない。任務に支障が出る。なのに、いつもこの顔を見にきてしまう。


「アカデミーまでだけど、一緒に行く?」
「**先生、一緒に行ってくれそうな人いませんもんね」
「うーん、相変わらずの毒舌だ」


はは、と乾いた声で笑う先生。違う、見たいのはこの笑顔じゃない。なにかが違う。


「…隈できてますよ、寝不足ですか?」
「え?あ、うん、昨日、夜遅くまで生徒の採点してたから」
「仕事トロいですもんね」
「ねぇ私何かしたかな?うん?今日はいつもより毒舌気分なのかな?」


心臓にぐさっとくるよー、
なんて泣き真似しながら胸を押さえた**先生。その行動に思わずふと足が止まった。


「……」
「サイくん?どうしたの?」


突然止まったボクに合わせて足を止める**先生。キョトンとした目が不思議そうに瞬きをする。胸元を抑えていた手が、ゆっくりと下に降りて行ったのを見つめる。


「サイくん、?」


無意識に動いた手は、先ほど抑えられていた胸元をトン、と突いた。


「**先生の心臓、ココなんですか」
「っ、え、」
「ココに、心があるんですか」


聞こうと思って聞いたわけじゃない。ただ勝手に、腕が動いて口が音を発していた。目を見開いて固まる**先生。

少し柔らかい体の感触が、やけに指先に残った。


「ッ、サイくん、!?」
「おっと」


腕を払われ、普段では考えられない速さで後退られる。
けどそんなの気にはならなかった。むしろ触れた指先に熱がこもったことが不思議で仕方がなかった。


「なななななにしてるのッ!?」
「心臓って、熱いんですね」
「え!?」


熱い、動悸が早い、息がしづらい。
自分の心臓を触っても一切熱なんて籠らないのに、なんで**先生の心臓は熱いのか。どうして、なにかが苦しい。


「やはりボクの心臓は冷たいんですね」
「………サイくん、?」
「その心臓を移植したら、ボクも熱くなるんですか?」
「いっ、移植…!?」


音もなく**先生との距離を詰めた。反応できなかった**先生が一瞬固まる。
グッと腕を掴んで、先生を引き寄せた。


(熱い、)


触れた腕も、熱くなった。この人は全身熱いんじゃないか、そう思って、逃げようとする**先生をむりやり引っ張って試しに抱きしめてみた。


(体温は、そんなに熱くない、)
「サイくんッ、待って、離して、!」
(…なのになんで、こんなにも熱い…)
「サイくん…ッ!!」


暴れる先生をむりやり腕の中に閉じ込める。非力な先生の抵抗なんて無いに等しかった。


「なんで、こんなことするの…!?」
「…ほしい」
「えっ、?」
「………その心臓、ボクにくれませんか?」


ただ本音を述べただけなのに、腕の中でビクッと震える**先生。
なんだかそんな反応がいかにもか弱そうでくつくつと笑いがこみ上げてきた。


「、サイくん、なんか、今日、変だよ、」
「ボクはいつも通りですよ」
「いっ、いつもなら、こんなことしないよ、!」
「こんなことって、抱きしめていることですか?」
「〜〜っ、」


ちらりと視界に入った**先生の耳は真っ赤で、もしかしたらその顔も赤く染まってるんじゃ無いかと思う。

なんとなく、その耳を食べたい衝動に駆られて、小さく口を開けたその時、


「っ、」
「…なにしてんのよ、サイ」
「かっ、カカシさんッ、!」


突然首を後ろに引っ張られ、状態が後ろに傾く。いきなりのことで思わず**先生を離してしまった。
残念、と思う気持ちと、カカシさんとはいえここまで近づかれても気づけなかった自分に驚きが隠せなかった。


「なにって言われましても、ハグですよ」
「あのねぇ、こんなこと同意なしにやろうもんならセクハラもいいとこだよ」
「……**先生、抱きしめていいですか?」
「おっ、お断りしますッ!」
「なんでですか?」
「馬鹿」


ゴツ、とカカシさんに頭をど突かれる。それがなかなかの強さで思わず頭を抑えた。
なんでですか、という目でカカシさんをじっと見つめた。


「あんだけセクハラまがいのことしてて許されるわけないでしょーが」
「ハグなんて普通にするもんじゃないんですか?」
「そうじゃなくてね」


はぁーと分かりやすく頭を抱えるカカシさん。言っている意味が全くもってわからない。
ちらりと**先生に視線をやれば、慌てたようにそらされた。気に食わない。


「それ以上のことしようとしてたでしょ」
「…食べたくなって」
「たっ、食べられるの!?」
「馬鹿」


ゴツンッ
振り下ろされた握り拳が頭に響いた。なんでこんなにも殴られるんだ。カカシさんには一切迷惑なんてかけてないのに。


「**先生、すいませんねぇ」
「そんな、カカシさんのせいでは、…」
「いえ、サイは俺の直属の部下なんで、」



ぽりぽりと頭をかくカカシさんと、困ったように笑う**先生。じわりじわりと2人の世界にはいっていってるのがなぜか気に食わない。


「カカシさん、**先生から離れてください」
「いや、お前が一番離れなさい」
「嫌です」
「嫌ってねぇ、」
「あの、サイくん、…やっぱりなんか今日、変だよ、?」
「……**先生は、本当は忍者か何かなんですか?」
「…うん?」


おかしい、絶対におかしい。幻術かなにかにかけられてるのか、それとも心臓を操られているのか、どちらかに違いない。


「サイ、ちょっと落ち着きなさいって」
「**先生の近くにいると、動悸が止まらない。触れた部分が全部熱くなって、よくわからない不快感もある。幻術かなにかですか、そう言う術ですか」


焦ることはないはずなのに、なぜか今焦っている。口が止まらない。自分が操作できない。

わからないことに、恐怖を感じてしまう。


「なぜですか、**先生、ボクになにをしたんですか、」


頭に熱が溜まって立っていることすら辛くなる。わからない。怖い。自分になにが起こっているのかわからない。

確かにある思いは、**先生が欲しいという謎の考えだけ。


「…すいません**先生、こいつはちょっと人の感情とかに疎くて、」
「えっと、…その……」
「教えてください、**先生」
「あの、お、落ち着いて?その、……」


さっきよりも困ったような顔をする**先生。困っているのはボクの方なのに。


「サイ、一旦待機室に行くよ」
「嫌です、**先生に教えてもらうまで帰りません」
「あのねぇ、**先生困ってるでしょ?それにお前の感情も整理しないと、」
「嫌です」


なんでカカシさんはボクから**先生を離れさそうとするんだ?ボクはただ聞いているだけなのに、なんで**先生は答えてくれない。

なんで、ボクから視線をそらすんだ。


「あの、サイくんは、その…」


わずかに開かれた口が、小さな言葉を紡いだ。


「わたしのこと、…好き、なの…?」
「………すき、?」


隙。梳き。透き。鋤。
どの言葉を当てはめても、しっくりこなかった。すき、とはなにを意味しているのか。わからない。


「えっと、…恋してるとか、そう言う感情のことで、」
「…恋って、どんなことですか」
「……その人のことを思うと、会いたくなったり、触れたくなったり、その人の言葉とか行動一つで、一喜一憂したり、」


そんなのかな、と小さな声で言う**先生。言ってることが全て当てはまって、ようやく腑に落ちる。

ボクは**先生が好きで、恋をしているんだ。


「あくまで例えだけど、
「**先生」


昔小説で、こんなことが書いてあった。あの時はなにを意味するのか全くわからなかったし、男の行動が理解不能だった。

でも今は、なんとなくわかる。言いたくなった。初めての感情を、伝えたくなった。


「好きです」
「っ、」
「ボク、**先生に恋してます」


ーー**先生は、ボクのこと好きですか?

わずかに震えた言葉。さっきから動悸が治るどころか激しさを増している。手に汗をかいているのを感じて、気持ち悪くなった。


「えっと、その、…ね、」
「**先生、すいません…。サイ、ちょっと帰るよ」
「なんでですか」
「いいから」


グイグイと強く引っ張るカカシさんに勝てるはずもなく、ズルズルと引きずられる。でも**先生の言葉を聞かないと、任務になんか集中できないと思ったから、その手を無理やり振りほどいた。


「サイ、!」
「**先生、どうなんですか」
「……サイくんを、そう言う目で、見たことないから、恋愛感情はないよ」
「そうですか、ならそう言う目で見てください」
「唐突すぎでしょ…」


呆れたように呟いたカカシさんは無視した。耳を赤くさせて眉を下げて笑う**先生。その姿は、かわいいと思った。


「**先生は、ボクのこと嫌いなんですか?」
「嫌いなんてそんな、!!」
「ならどうして好きじゃないんですか?」
「ええっ、!?」


ふよふよと目を泳がす**先生。知りたいことが多すぎて、言葉一つ一つに疑問が生じる。


「どうすれば、好きになってもらえますか?」
「どうすればって言われても、なぁ……」
「無理やり犯せばいいですか?」
「おかっ、!?」
「馬鹿」


ゴツンッ!
本日3回目の衝撃は、一番強かった。頭を抑えていたところを今度こそ引きずられる。さすがに抵抗はできなかった。


「すいません**先生、ちょっと教育してきますね」
「……お願いします、」
「**先生」


痛む頭を抑えて我慢しながら、最後の希望を口にした。


「ボクのこと、好きになってくれませんか?」


目を見開く**先生。その表情に謎の優越感が湧く。**先生の感情が、ボクの言葉に左右されているみたいで。


「そう言うのはね、サイが努力しないといけないもんなんだよ」
「…ボクが?」
「サイの努力次第で、**先生はお前を見てくれるようになるかもしれないし、ならないかもしれない」
「……」


ボクが頑張ったら、**先生は俺のこと好きになってくれる。全部、ボクの努力次第………。


「**先生、ボク、努力するので、好きになってもらいますよ。」
「……お手柔らかに、」


少し諦めたような表情はしていたけど、崩れたようにふにゃりと笑うその顔は、ずっと見たかった表情だった。



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カーン!とゴングが鳴った。攻防戦は始まったばかり。


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