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化学組成CuSO4・5H2O、三斜晶、硬度2.5、比重2.12、屈折率1.54、劈開不完全、指定色は…瑠璃色。
「……カルカンサイト」
頭の中で化学式を思い浮かべ、そう呟いた瞬間、心臓の奥が一気に熱を持っては髪の毛が瑠璃に彩られた。ずいぶん久しぶりに呟いた気がするこの宝石は、八木と轟にずいぶん怒られたものだった。
再度緑谷くんに「離れて」と呟き、水色に対峙した。もちろん、手のひらには一丁の弓と、一本の矢を生成しながら。
ポーチからから伸縮性がわずかにある弦を一本取り出し、すぐさまそれを弓に張りつけ、矢を構えた。
さっきまでブツブツと言っていた水色がわずかに目を見開く。顔に引っ付いた手のひらの向こうでニヤリと笑ったように思えた。
「…ははっ、宝石少女と一騎打ちか」
「壊せるもんなら壊してみれば」
グッと弓を張れば物理的な緊張からか僅かに震えた。男の顔のど真ん中に焦点を当て、いつでも放てる準備をする。
「いいぜ…壊してやる…全部全部…壊してやるよ…!」
走り出した男。じっとそいつを見据えて私の間合いに入るまで黙って構えた。
大きく踏み出しては手を振りかぶる男に、張り詰めた弓を解放すれば、腕2本分くらいの距離でまっすぐ男の方へと飛んで行く弓矢。
キィィン…
空気を切る音と共に男がそれを左右に体を振って避けた。反射神経はかなりいいらしい。さすがヴィランの親玉といったところか。
「外したな」
「……」
すぐ手のひらから2本目を生成したが弓ごと掴まれる。強い力で下に押され、更に粉々に壊れていくそれは光る粉末だ。
「なんだよ、威勢の割には呆気ないな、お前」
「…へぇ、五指で触れたら壊れるんだ」
「この状況で呑気かよ」
「宝石さん!!」
「動くな、動いたらこいつを殺す」
体に力をためたであろう緑谷くんが歯を食いしばった。それを嘲笑うように男が中指を立てた状態で首を掴まれる。グッと力を込められるが、宝石の硬い体では苦しさは感じない。まぁ握力に耐えきれずに割れてしまいそうだけど。
「お前の首を持って帰って標本にでもするか」
「……」
「じゃあな」
ピキ…ピチョン…
男が5本目の指を首に触れさせ、そこから宝石にヒビが入った瞬間、頭上から降ってきた一滴の水が肩を濡らした。
「…あ?」
「離さないでね、悪党」
男の腕を掴んで自分から離れないようにすれば、上から降ってくるスプリンクラーの大量の水。ギョッと目を見開く男が手を離そうと上体を大きく反らした。
「っあ゛あ゛あ゛ぁ…ッ!!!」
「っ死柄木弔…!?」
そう叫んで振り払うように私を突き飛ばし、その場に跪いた死柄木という男に間髪入れずに弓矢を構えた。
迷いなく死柄木の頭を狙った弓矢は、ワープゲートによって阻止されてしまう。ならばと今度は弓を剣に変化させ、死柄木に向かって振りかぶった。
「ッさせません…!」
「チッ…ワープゲートか」
死柄木を狙った剣先はまたもワープゲートによって硬い地面を叩くことになった。剣を振りかぶった先には硬い地面がぶつかり、宝石が砕け、まだ降り注ぐスプリンクラーの水によって溶けた。水溶液が蒸気を出しながらそこら中の地面や草を容易に溶かすからあたりは異様な匂いに包まれた。
真っ赤にただれた手を震えさせる死柄木。ざまぁみろ、そう心の中で呟くと同時に、緑谷くんが焦ったように声を荒げた。
「はっ、えっ、ちょ、ッ宝石さんんんん…ッ!?」
「Oh…my god…!」
「やめなさい峰田ちゃん」
何人かがブフッ、と吹いたのも聞こえた。しょうがないか、こんな格好だから。
「ふ、服着て…!!!」
「溶けるから意味ないよ」
宝石、カルカンサイト、和名では胆礬(たんばん)と呼ばれるこの宝石は、脆いが水に非常に溶けやすく、溶けた水溶液は強酸性を示す。
特殊な素材の服でなければたちまち溶けてしまい、人肌が触れれば瞬く間に皮膚がただれていってしまう。
ポタ、ポタ、と溢れるのは肌を伝った水滴が、溶けた宝石か、それとも服か。いずれにせよ今の格好は真っ裸も良いところだ。ヒーロースーツ、強酸性に耐えれるようにって記載するの忘れていたな。
「クソ…ッ脳無!!やつを壊せ!!」
「梅雨ちゃん、峰田くん!相澤先生をおねが、…」
ガシャン…ッ!
振り返って言い切る前に響いた破壊音と、左腕がバラバラになる感覚。さっきの分身より、速い。
「ッ宝石さん!?」
「手間かけさせやがって…!」
砕けた左腕をじっと見つめた。またも追撃しようとする脳無に緑谷くんがSMASH!!と叫びながらそいつのみぞおちに拳を一つくれてやる。
案の定、そいつは何一つとして変わらなかった。
「そんなパンチ効かねぇよ」
「っう、うわぁ!!?」
ブォンッ、と投げ飛ばされた緑谷くん。宝石の壁を作ってその体を受け止めた。スプリンクラーはもう止まってしまったようだ。殴られた時に私に触れた溶けない脳無を見つめてふう、とため息一つ。
「こんなので壊れるわけないでしょ」
「……へぇ、何回でも生成するんだな」
「大丈夫?緑谷くん」
「う、うん、!ありがとう宝石さん」
「君の個性、オールマイトのに似てるね」
「えぇっ、そ、そそそうかな?」
新しく腕を生えさせて手のひらを開け閉めした。問題なく動くそれを確認してから緑谷くんと二人並んで目の前の敵に視線を向けた。
緑谷くんを見ていると、高校生の八木を思い出すからなんだか不思議な気持ちだ。
「クソ…っ、最悪だ、」
「ここは一旦引きましょう、死柄木弔」
「あー、うっざいなぁ、ただの金ヅルのくせに…!」
「誰があんたらの金ヅルになるか」
「チッ…お前、いい加減にしろよ」
脳無。
そう呟いた男の声に、化け物がピクリと動いた。そいつが動いた先には、梅雨ちゃんと峰田くんと、相澤先生。
「宝石捕まえてオールマイトを呼び出すつもりだったけど、予定変更だ」
「っ、二人とも逃げろ!!」
「生徒の死体を土産にしてやるよ」
「クソっ、間に合え…っ!」
足元から宝石の壁を二人に向かって作り出した。それよりも先に緑谷くんが脳無に突っ込んだが、間に合うかわからない。いや、これは、きっと、間に合わな、
ドン…ッ
響き渡った地響きと身体中をすり抜ける風圧に顔をしかめた。吹き飛ばされないようにしゃがんで耐えれば、風を起こした張本人が姿を現した。
「もう大丈夫」
低くなった声。図太いという言葉が似合うその声は私が知ってる人じゃないみたいだった。
怒ってる顔、久しぶりだなぁ、前より彫りが深くなって、おじさんになったけどさ。
「私が来た」
そこにいたのは、オールマイトという平和の象徴の名前を背負った、私の同級生だった八木だ。
八木がそこに立つだけで建物内が安堵に包まれた。でも私は、まるで格の違いを思い知らされているようで苦しくなった。
「やぎ、」
「…コンティニューだ…!!」